第17話 どうか憶えていて、忘れないで

「そういえばサンゴの主人は、どんな人だった?」

 アオがたずねると、サンゴは遠い目になる。てっきりしんみりした昔話がかえってくるかと思ったので、意外なはんのうだった。

「私の主人はねぇ、超ビンボーだったの」

「へ?」

「少子化が進みすぎて客がいない大赤字のテーマパークで、私と……あともう一人、昔いた相方の子。客を呼び戻すためにって、ないお金絞り出して特注したのよ。ステージ衣装はオーナーの手縫いだったわ。笑えるでしょ」

 ぷりぷりと怒っているような顔をしながら、サンゴはどこか嬉しそうだ。

 気持ちはわかる。思い出してしまったことの重さに戦慄し、その事実が意味するものに困惑し、それでももう思い出す前に戻りたいとは言えない。

 それくらい『アンドロイド』にとって『主人』は絶対で、その想い出ひとつひとつが人格回路形成の基礎となっているのだ。

「いい人だったんだね、サンゴの主人は」

「うん、まぁ、相当なお人好しだったとは思うよ。どうしてそんな無理してまで買ったのって、二人で説教してさ。だけどこれでテーマパークらしくなったって、ニコニコ笑うのよ。客なんてあんまりこないのに」

「だよなぁ」

 戻ってきた記憶を探ってみても、アオは自分の主人である『お姫様』以外に子供を知らない。少なくともヒメに会うまでは、『お姫様』だけが全てだった。アオが屋敷からほとんど出なかったことだけが理由ではないだろう。

 そんな時代の子供向けテーマパークが、どれほど客を動員できただろうか。

「でも、私たちの曲芸はちょっとだけ有名になったわ。大人だって見に来たし。大赤字を黒字にできるほどじゃなかったけれど。私達でもお金使っていたしね。……あそこは賑やかでよかったな」

「うん。あの頃、世界は静か過ぎたからね」

 少子化が進み、人間がどんどん減っていく。

 その穴を埋めるように、人間にそっくりのアンドロイドが増えていく。人間がいなくなった後を埋め合わせるように。家族の役割すら、アンドロイドが担った。

 流れ星が堕ちる前の世界は、そういう場所になっていた。

 アンドロイドが社会の中に完全に組み込まれていたからこそ、機械は人間の居場所をそっくりそのままなぞるようにして社会を維持してこられたのだろう。

「オーナー、冷凍睡眠の権利買えなかったの。超ビンボーだったから」

「そっか。俺の主人は……権利を買えたけど、間に合わなかった。と、いうか、俺を見捨てられなくて、それで多分……死んだんだ」

 権利があったのにみすみす逃して死んだなんて、サンゴからしたら面白くないかもしれない。だけど彼女は寂しそうに笑っただけだった。

 権利があってもなくても、人間の大半は死んだのだ。サンゴのオーナーは権利を買えなくても、自分が愛したアンドロイドは保管庫にいれた。もちろん単純に、アンドロイドが災害後の復興に必要とされる可能性があるから集められていた、という事情もあるだろう。だけどきっと彼女らのオーナーは、愛するテーマパークのヒロインたちを護ってやりたかったのだ。そして、サンゴは今もここでヒトとして生きている。

「私の相棒はね、シンジュって名前だったの。もう私以外誰も覚えていないことだけど……アオは覚えておいて」

「うん、忘れないよ」

 人間のことを思い出したアオとサンゴの記憶が、次の記録圧縮の時にどういう処理がされるのかはわからない。だけれど、不思議とアオはサンゴの今はもういない『相棒』の名前を忘れないように思えた。

「シンジュも、オーナーのこと思い出したんだ。だけど私は思い出してなかったから、言えなくて……それで『天国』に行っちゃった。バカな子。私、シンジュのいう事だったらどんな荒唐無稽なことだってきっと信じたのにね」

 恐らく、サンゴの相棒だったシンジュは――サンゴが信じることを確信していたからこそ、言えずに一人で死ぬしかなかったのだろう。今、よて亭には正真正銘のニンゲンであるヒメがいて、元から遺跡に詳しく、しかも同じく過去の記憶が戻ってしまったアオがいて、ギンのことがあって。様々な要素が積み重ねたうえで、こんな風に昔話をしていられる。

 だけど、元々サンゴはそこまで強い精神を持った娘ではない。恐らく記憶を取り戻しているギンから事実を告げられて、その上で送り出したヒスイのようにはなれなかっただろう。現に、彼女は記憶が戻る前、日常が壊れる予感に怯えていたのだ。

 だからシンジュは、サンゴと一緒に生きることができなくなった。彼女を連れていけないから。そして彼女自身も真実を隠したまま生きていけるほどは強くなれなかったから。

 それをサンゴに説明したところで、どうしようもない。シンジュは帰ってこない。ギンみたいに実は生きているということもないのだから。

「これからどうするの、アオ」

 サンゴはつとめていつも通りの笑顔で、そう尋ねた。無理をしているとは感じる。しかし、立ち直らなければならない。問題は山積みだ。

「うーん、それなんだけどなぁ」

 過去を思い出したところで、何をどうすればいいのかわからない。

 どういう仕組かはわからないが、パーツを交換するような怪我をしたヒトは過去にアンドロイドであったことを思い出す。しかし全員でがそうなるわけではない。今わかるのはそれだけだ。何かしら、他に条件があるのかもしれなかった。確認のしようもないのだが。ギンなら何かしら知っているかもしれない。

 アンドロイドがヒトとして生きる社会で、自分がヒトではないことを隠しながら偽りの日常を生きていく。その重荷に耐えられなくなった時、ヒトはシンジュがそうであったように『天国』に行く。

 ギンが「わかる時がくるかもしれない」と言ったのは、そういうことだったのだ。

 しかし、そうなるとギンは恋人であるヒスイを遠ざけてまで何をやっているのか、ということになる。

 ヒメの存在と、アオたちへの襲撃。ハカセの言った『天国』は良い場所ではない、という言葉の真意。スキルをインストールしていたギン。

(これだけ集めると、何だか『天国』で争いが起こっているみたいだな)

 実際起こっているのかもしれない。きっと、大人しく『天国』で死ぬヒトばかりではないのだから。少しずつ、頭の中で色々なことが繋がりはじめた。ニンゲンの存在が進化前の存在ではなく、本来自分たちの主人であったとするなら、取り戻したいと願うヒトもきっといる。たとえばジャンク街に癒着した『旧人類』研究者には、実際ニンゲンの本質を言い当てているものもいた。アオが盲信と斬り捨てていたソレは、実は真実であったとも言える。

 『旧人類』をかつての自分たちの主であることを知った『天国』の住人と、そういった研究者たちが結びついたらどうなるかは想像がつく。あの盲信的なジャンク街の『旧人類』信奉者は、かつての記憶を取り戻したヒト、取り戻さなくてもかつてヒトがアンドロイドであったという事実を認めたヒトである可能性が高いだろう。

 そして、失われた『主人』を渇望している者たちが、正真正銘のニンゲンであるヒメの存在を知ったら。

 肌にピリピリとした緊張感が伝わってくる。のんびり自宅にいたら、よて亭を巻き込みかねない。現状、よて亭の周りに不審な動きはないから、まだ察知されてはいないと思うのだが。

「……あの鉄材が落ちてきたのは事故なんかじゃないだろう。ハカセは雲隠れしている最中。ヒメは恐らく狙われているし、俺とサンゴは顔が割れてる。結構ピンチだな」

「それならヒメちゃんはどこかに匿った方がいいかな」

「うーん……あ、そうだ」

 アオは通信でルビィを呼びだす。この時間ならまだシオンと一緒にさしすせ荘にいるだろう。コールすると、ほどなくして通信の返事ではなくインターホンの音でかえってきた。走ってきたようだ。

「なになに、アオ。やっぱりあたしとシオンの力が必要だった?」

 ルビィがシオンと一緒にずかずかと上り込む。そしてサンゴの姿を見てきょとんとした。いるとは思っていなかったのだろう。

「どしたの。サンゴまでいるし。サンゴも今日は非番になったんでしょ」

 ルビィが疑問でいっぱいの顔になっている隣で、シオンがじっとアオを見つめる。いや、睨んでいるといっていいだろう。

「アオ、危ないことする気だ」

「シオン、静かに。ルビィに聞こえる」

 シオンはこういう時、妙に察しがいい。慌てて口元に人差し指をたててとめてみたが、すでに後ろにルビィが迫っていた。

「もう聞こえてますけどぉ? アオ、まだ片目入ってないのに何しに行く気?」

 実際、危ないことをしようとしていただけに、アオは片方しか見えない目をそらして言い訳を考えた。とはいっても目の前で言い訳を考えている時点で、有効な言い逃れ手段はほぼ封じられている。

「……はっきり言えば、俺とサンゴがここにいる方が、危ないと思う」

 結局、正直に告白するしかなかった。

 ルビィは鬼のように追及してくるだろう。そう思ったのに、彼女はシオンと顔を見合わせて、やれやれといったようすで肩をすくめる。

「ヒスイ姉さんに口きいてもらえばいいじゃん。姉さん、顔広いからうまい隠れ場所くらいわかるって」

「うん、それなんだけど。ルビィとシオンにはヒメを預かってて欲しいんだ。俺とサンゴは多分、ヒメがらみで狙われた。ヒメの居場所はまだ知られていないと思うけど、少なくとも俺とサンゴは顔が知られてる。特に隠してもいないから、住民登録型番も抑えられてると思う。そうなると髪の色とかを変えたりしても、型番で照合されたら即バレる。バレていない内に、ヒメだけでも安全な場所に置いておきたい」

「OK。シオン、姉さんに連絡とって」

「わかった」

 ルビィはまたも、妙にものわかりよくうなずいた。いつも全力で首をつっこんでくる彼女だけに、アオは若干不安になってくる。話が通じすぎる。

「あら、あたしがつっこんだこと聞かないの、そんなに不思議?」

「だって、ルビィって基本的におせっかい焼きでよく暴走してるじゃん。今回に限って、マッハで事態を呑みこんでるんだもん、不思議だよ」

 サンゴが呆れ半分の顔で横槍をいれ、しかしルビィはふふん、得意げに鼻を鳴らす。

「バカにしないで。あたしやシオンだって、この状況で単なる事故だと思う程頭の中スッカスカじゃあないわ。もちろんヒスイ姉さんもね。もう手は打ってる。アオやサンゴが病院にいた間、ボケッと待っていたわけじゃあないのよ」

「手は打ってる、って言われてもさ」

 ヒスイはそんなことを一言も言っていなかった。けれどきっと、少し込み入った事情も察した彼女が色々と手を回しておいてくれたんだろう。今思えば、今朝、やたらにルビィが世話に来ようとしたのもきっと、ヒスイの入れ知恵だったのだ。怪我の原因が事故ではなく、はっきりと狙われていることを把握していたから。本当に頭があがらない。

「ヒメちゃんはあたしたちにまかせて。で、アオたちはどうする」

「俺たちは、ジャンク街に行ってくる」

 得意げな笑みを浮かべていたルビィは、アオの言葉を聞いた瞬間に眉をひそめた。

「結局危ないとこ行こうとするし! もっと安全な方法にしてよ、心配するこっちの身にもなって」

「だけどここに留まっていても全員が危ないだけだ」

 個人型番を把握されていたら、この社員寮が見つかるのも時間の問題だ。ハカセのあの見事な雲隠れぶりを察するに、決断は早い方がいい。あきらかに繋がりのあるよて亭のつてを頼るのは悪手のようにも思える。

 ならばこちらで先手を打つ。最低限、ギンかハカセのどちらかと会うことができれば、現状打破のてがかりも見つかるかもしれない。

「アオ、止めても無駄だと思うから止めない。だけど行先ははっきりした方がいい」

 シオンが袖の中からポン、と造花を取り出してアオに差し出す。この流れで手品を披露することに何の意味があるのかと疑問だったのだが、どうやらただの造花ではないようだ。紙の造花にしては重い。中に何か仕込んである。

「何だ、これ」

「位置情報装置。本体はヒスイ姉さんが持ってる」

 ヒスイも、アオがじっと隠れているだろうとは毛頭思っていないということだ。

「憶えていて。僕らよて亭の仲間は、仲間を決して見捨てない」

「アオやサンゴはもちろんだけど、ギンだってヒスイ姐さんは諦めてないわよ?」

 シオンとルビィは顔を見合わせてにっと笑う。シオンが笑うのは珍しい。

 ギンを諦めていない。つまり、ヒスイはギンが生きていることをやはり知っているのだ。

「わかったよ。ヒメ、今はダイニングにいるから、迎えに行ってあげて」

「ラジャー!」

 ルビィが喜々として敬礼をし、シオンが黙々とダイニングに歩きだす。ヒメのことは全面的に任せてもよさそうだ。ヒスイがそこまでしてくれているのなら、アオが余計な手出しをする方がややこしくなる。

 ルビィに部屋の鍵を渡すと、彼女は親指を突き立てる。グッドラック。

 せっかくルビィたちの協力も得られたのだ。どうせヒメを連れていくわけにはいかなかったのだから、ここは開き直るしかない。

「じゃあ、俺たちも行くか、サンゴ」

「ジャンク街に? 私はともかく、アオは大丈夫なの?」

「視界が狭いくらいだから、問題ない。行ってみないと始まらないさ。虎穴に入らずんば虎児を得ず。ニンゲンの古いたとえ言葉だっけね」

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