第13話 サンゴの理由
「アオ、これからどうするの?」
アオは少し間考え込む。脳裏に浮かんだのはハカセの姿だった。事実、彼よりもアオの疑問に的確にこたえられる相手はいないだろう。昨日の今日ではあるが、行く価値はあるように思えた。
「ちょっと知り合いのところに。遺跡に詳しい奴がいてね。シオンはどうする?」
シオンは少し考え込んだ後、かぶりを振る。
「遅くなるとルビィが心配する」
「そうか」
確かにあまりにもシオンの帰りが遅ければ、それこそルビィはヒメを抱えながらでもシオンを探しに来かねない。
「ひとつだけ言っておく。ルビィはアレでアオのこともかなり心配してる。だからやたらヒメに構いに押しかけに行く」
要するに彼は、自分もルビィもアオがヒメの件で危ない橋を渡りかけているのに気付いているぞ、と言いたいのだ。今日の一件にルビィがついてこなかったのは、もしかすると二人で示し合わせていたのかもしれない。
「だから無茶はしない方がいい。もちろん、ヒメを捨てろなんて言わないけれど、僕やルビィだってそれなりに役に立てるつもりだから
シオンはそれだけ言い残すと、先にブースを出て行ってしまった。きっと彼なりに、アオの邪魔をしないつもりなのだろう。
「さて……どうするかな」
少し考え込んで、アオは手をかざし、通信画面を表示する。独りで行動するのは、確かに危険かもしれないと感じた。
よて亭の面子が並ぶリストから、サンゴの名をタップ。
【TO:SANGO CALL...】
定休日なのだから、彼女は部屋にいるだろう。もしかしたらルビィと一緒にヒメの遊び相手になっているかもしれない。
返事はほどなくしてきた。
【From:SANGO 今どこ?】
やはり彼女も色々と気になっていたのだろうか。こちらが切りだすよりも早く、サンゴが居場所を尋ねてくる。来る気満々だ。
【From:Ao スキルデータショップ。シオンは先に帰った。俺はもう一度ハカセの所に行く】
【From:SANGO 待ってて。十分で行く】
「じゅ、十分て」
男性型のアオとシオンが二十分かかった距離なのだが。
しかし彼女は本当に十分でやってきた。いつもの踊る時の見栄えを重視したヒラヒラのミニ丈ワンピースではなくて、ショートパンツに刺しゅう入りのシャツというラフなスタイルだ。長い髪は、花の髪飾りでツインテール。ふと、アオは自分の服装を確認する。無地の白いシャツにデニムだけという、我ながらシンプルすぎる雑な装い。これがファッションに気を使うヒトとそうでないヒトの差か。
アオは内心のどうでもいい動揺を押し隠して、軽く手をあげてサンゴを出迎えた。
「どうやって十分で来たんだ?」
「屋根を走ってショートカット」
「いつか落ちて死ぬよ?」
「死なないよ。私、よて亭に来る前に何の仕事をやってたか忘れたの?」
「ああ……」
アオは思い出した。彼女は元サーカス団の花形だ。それも難しいアクションを得意とする。身を寄せていたサーカス団がなくなってしまい、たまたま入ったよて亭でヒスイに泣き言を言いまくっていたところを、アオが店に誘ったのだった。
本当だったら、あの小さな店でなくても行き場はあったのだろうが、彼女がよて亭を気にいってそのままいついた。
「いらない心配だったな」
「でしょ?」
アハハハ、と笑ってかつての花形サーカス少女はくるくると回ってみせた。
「ルビィと一緒にヒメの面倒を見ていたわけじゃなかったんだ」
「見てたよ。でも、やっぱ気になったし。アオをひとりにしとくの不安だなーって思ってたら、通信きたから。ルビィがノリノリで送り出してくれたわ。ちょうどシオンからも通信が来たから、交代ってことで」
これは、確実にルビィとシオンは結託している。絶対に連絡をとりあっている。アオは確信した。サンゴが来るのでなければ理由をつけてシオンが戻って来るなり、やたらルビィからの通信が入るなり、もしくはヒメをダシにしてアオを呼び戻すなりするつもりだったのだろう。
「俺ってそんなに頼りない?」
「うん、頼りない」
きっぱりと言い切られ、少しばかり傷ついた。しかし、実際のところ頼れる存在なのかと言われると、それほど自信もない。よて亭の女性陣には頭が上がらないのだ。
(ハカセがくれたデータが何か役に立てばいいけど)
身体能力で言えば、サンゴの方がはるかに上だ。アオには屋根を走って渡ってくるなんて芸当は絶対にできない。せめて何かがあった時に足手まといにならないようにしなければ。
「で、どうするの、アオ。私に連絡してきたってことは、気になることあったんでしょ」
ヒメが本当に『旧人類』の生き残りであろうことがほぼ確定となった事実について、アオもサンゴも、まだよて亭の仲間には言わずにいる。定休日だったし、何よりもどこまでヒメのことに皆を巻き込んでいいのかわからなかったからだ。
とはいえ、シオンもルビィも何かあったことには勘付いているようだし、ハカセにもう一度話を聞いたら、情報の整理もかねて一度皆で話し合うべきだろう。いざとなったらヒメを避難させる先を考えなければならない。
「もう一度、ハカセのところに行こうと思ったんだ。それでサンゴを呼んだ」
「えっ、また?」
サンゴは少し嫌そうだ。あまりソリが合わなさそうだったから、当然の反応か。
それでも、アオは用事がある。少なくともハカセは『天国』の詳細を少なからず知っているはずだからだ。これはサンゴの知りたかったことでもあるし、恐らくヒメとも全く無関係ではない。
「シオンが言ってたんだ。この街でギンを見たって。ギンの行った『天国』は、俺たちが考えているようなものじゃなかった」
「え、ちょっと待って、ギンが!?」
ギンの名前が出てくると、さすがにサンゴも嫌だとは言っていられなくなったようだ。先に歩きはじめたアオの後を、慌てて追いかけてくる。
「どういうこと?」
「まだ生きてるってことだ。シオンが勘違いしているとも思えない。サンゴだって、死んだかどうかは疑問だって思っていたんだろ?」
「そうだけどさぁ」
繁華街から一本裏に入って狭い路地を歩く。古い雑居ビルの五階。ドアの隣についているドアノッカーで五・七・五。しかし何の反応もない。もう一度、五・七・五。しばらく待っていたが、やはり反応はない。
「不在かよ」
「昨日の今日で来ると思ってなかったんじゃない?」
「あいつは今までいなかったことがないくらい、滅多な事じゃ外出しないんだ」
昔、外で待ち合わせようとして即却下されたことがある。用事があるならお前が来い、が彼の基本スタンスだ。
(何かあったんじゃなければいいけど……)
彼は他にもいくつか隠れ家的な場所を持っていると聞いたことがあったが、残念ながらアオはその場所を知らない。もちろん、闇雲に探して見つかるとも思っていない。あのひねくれ者のことだから、きっとわけのわからない場所に決まっている。
「仕方ない。出直そう」
いない人をあてもなく待っていたところで時間の無駄だ。サンゴも同意だったようで、彼女はすでにエレベーターに向かってすたすたと歩きはじめていた。
「はぁ、ギン、生きてるんだったら何でよて亭に来てくれないんだろ」
「多分逆だろ。よて亭を巻き込みたくないから帰ってこないんだ」
ハカセの言ったこともある。どうにも『天国』には単純な機能停止に寄る自殺以外にも、色々と選択肢がありそうだ。きっと、ろくなものではない。
サンゴは不満そうに頬をふくらませる。
「男って勝手」
「俺も男だって」
「そうだった」
「男として認識されてなかったのか、俺は」
「そんなことないけど、ギンに比べれば男前度は下がるんじゃない? シオンよりも乙女心わかってないし」
ずけずけといわれて少なからず傷ついたところで、サンゴは小悪魔っぽくにやりと笑った。
「でも、私に連絡くれたのはちょっと嬉しい。何か頼られてる感じ」
「俺のことも頼ってくれないか」
「さっきはあんなこと言ったけど、私、これで結構アオに頼りっぱなしよ」
ふふん、と、何故か得意げな様子で彼女は笑う。
自分で頼れといっておいてなのだが、サンゴに頼られるような場面はあっただろうか。いまいち思い出せない。割とよて亭ヒエラルキー最下層な気がする。
「私、ほら、昔はサーカスにいたでしょ?」
「ああ、うん?」
突然コロリと話題が転がって、アオは首を傾げる。女子の話題転換は、いつだって唐突だ。
「私、同じ型の色違いの子とタッグを組んでたの。空中ブランコとか玉乗りとか。でもね、ある日ちょっとヘマして、相方の子が大けがをしてね。大破しちゃって、でもパーツをだいぶ入れ替えて生き延びられたのよ。私たちの身体、手に入りにくいパーツが多くて治療に時間かかって大変だったなぁ」
「へぇ、初めて聞いたな」
アオとギンのように、彼女にも色違いの、兄弟のような存在がいたのだ。
思えば、サンゴがサーカス時代のことを話すのは初めてかもしれない。あまりにも話さないので、記憶圧縮で忘れてしまっているのかと思ったほどだ。
「でもね、ちゃんと身体は治ったけれど、何かそれで心が折れちゃったのかな。私の半身は『天国』に行っちゃった。帰ってこなかった。ギンみたいに実は生きてたってこともない。私……彼女の最期を看取ったから」
「サンゴ……」
彼女はサーカスのことを忘れていたわけじゃなかった。忘れたくても忘れられなくて、そして大切すぎて人に話すこともできなかったのだ。
「花形の片割れを失って、だんだん経営不振になっていったサーカスは解散。その時、よて亭から音楽が流れてきて、何だかサーカスの時を思い出して入ってみたらアオとギンが、まるで私達みたいにギター弾いてた」
「ああ、その日は覚えてる。閉店するまでサンゴがいて、ヒスイに居場所がなくなっちゃったって泣き言を言いまくっていたんだった」
「それは忘れてよ、もう。でも、あの時、サーカスみたいに大きな舞台じゃないけど、うちでダンスのステージを出すのはどうかな、って言ってくれたのはアオだよ。だから結構、これで感謝してるわけ」
ニッと笑ってVサイン。アオは、こそばゆい気持ちになりながら、つられてVサインを返す。
サンゴがそんな風に思っているなんて知らなかった。確かにやたらとすぐに打ち解けていた気がする。
ひとりぼっちだったアオは、ギンが拾ってくれた。そしてアオはひとりぼっちになったサンゴをはからずとも救っていた。こうやってよて亭は家族を増やしたのだ。それは誇るべきことのように思えた。
「ま、ハカセはいないみたいだし、また今度にしよ?」
サンゴはすっかり上機嫌になって、エレベーターの呼び出しボタンを押す。
アオたち以外に誰も乗っていなかったようで、すぐにドアが空いた。若干不安な動作のエレベーターで、一階へ。
(サンゴの相棒も、『天国』に行った……か)
ギンが『天国』に向かった日のことを思い出す。
――その気になれば永遠に近い時を生きられるのに、どうして『天国』に行っちゃったのかなぁ。
あの呟きは、きっとギンだけに宛てられたものではなかった。
思えばギンが『天国』に行った時、誰よりも必死になったのはサンゴだ。あのルビィですら「ヒスイ姉さんが納得したんなら」と渋々ながらも物わかりのいいことを言った。
サンゴにとって『天国』は、仲間を奪っていく場所なのかもしれない。
エレベーターが一階につき、ビルを出て狭い路地へ。あまりに狭いからか、それともこの辺のビルにはあまり入居者がいないのか、人通りはない。表通りはすぐ裏なのに、妙に閑散としている。だからこそ、博士はこのビルを拠点にしているのだろうが。
「一回帰るか。ヒメはルビィとシオンがいるから大丈夫だと思うけど」
「そうだね。よて亭休みだし、ヒスイ姉さんもきっと家にいるよ」
「そうか。一応……ギンのことはヒスイ姉さんに言ってみるべきかもな。何か知ってそうだしさ」
「うん……」
いなくなった恋人のことを聞くのは気が進まないが、今後のことを考えると言っておいた方がいいのだろう。考えることがありすぎる。アオは頭をガシガシとかきむしりながら、両サイドのビルによって切り取られた狭い空を見上げ――
「サンゴ、危ない!」
ハカセがくれたデータのたまものだろうか。信じられないほど早く、身体が動いた。驚いた顔で振り返ろうとしていたサンゴの、背中を突き飛ばす。彼女の身体が前方へと跳ねる。その次の瞬間。
轟音。
金属と、ジェルパックと、人工皮膚。それら全てが引きちぎれ潰れるような音がして、アオは、空から落ちてきた鉄の塊によって自分の左手が損失したのを確認し。
「アオ!」
サンゴの悲鳴を最後に、ひしゃげて突き出た鉄の棒が、アオの左目を貫通して頭部の一部を破壊した。
そう、認識したところで、世界はブラックアウトした。
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