第2章引いたカードは……

「ひえー、神様お助けくださーい!」

 叫ぶのと同時に音がした。雷の、音が……。

「落ちたな、この城のどこか……近い場所に」

「このお城って、避雷針くっついてますよね。必ず、せ、設置してありますよねッ」

「さあ……」

「さあって!」

「なにしろ古い城だから。二百年前のことだし」

「なんでそんなことがおわかりで?」

「少し前に見た時は、聖堂のステンドグラスが入れ替えられていた。そんなことがあったのは、たしか二百年前だったはずだ」

「せ、聖堂って、あれ!」

 そこには稲妻に焼かれたステンドグラスが焼け落ちていた。

「な?」

 ミスターは急にやる気を失った様子でスコップを放り出すと、顎で現場をしゃくった。

 覗きこんでみると、掘った土の下には岩が。

「ピンポイントで抜けられそうな場所をピックアップしたのだが、どこも岩で先に進めない」

「無駄骨……ですか」

「ふむ! さすがに堅牢堅固だな。しかし、この城はオレらの知る城ではないようだ」

「うぶ!」

 何を今さら、という表情を隠して、青年は残念そうな顔をする。

「雨……降ったか? 周囲が濡れてるが」

「さあ、でも僕らは濡れてませんよ」

 ミスターの言う通り、きれいだった城の壁面には、どす黒い葉が絡み、全体を闇に沈ませていた。彼は何か見つけた様子だったが、青年には何も言わずに歩き始めた。

「えっどどどちらへ?」

「だれかうろちょろしている。見てやる」

 途端に青年はおよび腰になり、雇い主の襟の後ろをつまんだ。

「オマエ何してる」

「そっちへ行ったらダメでしょうー。今ならもれなく間違いもなく出ますよ! アレが」

「だから行くんだ。女々しい態度はよせ」

「ミスター。考え直して、お願い」

 青年が叩かれた手をこすっていると、重々しいものがたてるきしみが誰にも聞こえた。

「ほら! 誰かいますよ」

「誰かがいるなら、なおさらものを尋ねるのによかろう」

「怖いひとだったら、どーするんですかー!」

「あのな」

とミスターはナックルを青年に放ってやった。

「オマエが、オレに何かあったとき、何とかするんだろ? そう契約書に捺印してある」

「でも! 危険なところにあえてこちらから出向かなくても……」

「わからんやつだ。危険なところに行くからオマエなんぞと手を組んだんだ、役に立て!」

「うーわーあー、暴君……」

「うむ、暴君は正しい。だが闇君ではないのだ、先へ行け」

「お化けが出たら、化けて出てやるー」

「オマエ、帰ったら特大の百科事典をやるから初めから読め。安心しろ。オレはもう読んだし、ジー様の形見だ」

 じっくり時間をかけろよ、と言外に言っている。

「そこには、お化けは記されているんでしょうか」

「ない。でもハムレットが父親の亡霊を見たとかいう記述があったかな」

「いるんじゃないですか、お化けー」

「あ、そちらはオカルト大全だった」

「どっちなんですか、うもォー」

「怪奇辞典だったかな? まあ、ようするに、どこにでも転がっている話だ」

 ミスターはとん、と分厚い木の扉を示してそのわきに立った。

「さて……少しはやる気になったか?」

「……なりませんよ」

「なんって、言ったのかな?」

「やりません! たとえ契約者でも人権はあるんですよ。計算と危険任務の遂行度でいったら、ロボットでも雇ったほうがマシでしょう」

 青年はかたかた震えて、すっかり収縮してしまった瞳を涙で濡らしている。

「お化けなんてものはな……安心しろ、オレは見たことがない。全ては目の錯覚だ」

「目のサンカクでもシカクでも嫌なもんは嫌なんですうー」

「なにがサンカクか」

 そのとき、二人の会話とは全く関係なく、物を置く音がした。軽くて硬い、グラスのような……。

 青年はびくついたところを蹴り倒され、扉に鼻をぶつけそうになってしまう。中に誰かいる。どうしても自分が確かめなければいけないのか。冷静に扉を見ることができない。

「中で人が暮らしているなら、ノックすれば、少なくとも文明ある文化的な生活をしてここにいるのか、対応でわかるはずだ」

 ここへきて青年は諦めを覚え始めた。

 しかし、喉が乾き、口の中が粘つく。

「こ、こんにちはぁ」

 とんとん、とノックしてから真鍮のノブに触れてみる。冷たかった。思わずハンカチを出して当ててみる。

 ぐ、とドアノブを握ったとき、きゃあ、という若い女の声を聞いたような、そこに立ち入ってはならないような、奇妙な心地がした。

 返事はなかった。でも、声はニンゲンだった。そう信じたい。そこで振り向くと、ミスターは後ろからジッと見ていた。

「一名様から、ご在宅です」

 その場に固まって動けない様子の青年に代わって、自分が出向くかといえば、決してそうではなく、および腰の彼の背をミスターは一人だけ高い階段の上から蹴る。

「そんなことはわかっている。中身を確認してこい」

「ミスター、蹴らないで、ホント……荒むよ、こっち」

「オレはもうとっくに荒んでいる!」

 青年は高い背を丸めて、もう一度ノックした。

 それから、開ける。お返事は確認してないけれど。

「昔、歌を詠む人が月下の門を推すか敲くか悩んだというが、敲いた後、推して入る、が正しいのでは……?」

 と、いうような疑問は持たないがいい。教師に言ったら現国の授業中、いじめ抜かれること必至だ。いわく、

「やる気があるようだから特別に問題集をやる。三日後に提出するように」とか。

「君の意見はよーくわかった。出典を明らかにすればここは許そう」

……とかね? 多分、人には言えないような思い出になることだろう。

 引いて入ると、割と予想通りというか、寝具しかない部屋だったので、慌てて出た。

「ちくしょー、僕、嫌だって言ったのに……赤恥かいたの僕だけかよー」

 そう、ミスターはもういない。そして改めて周りの異常さに気がついた。

 草木はぼうぼう。地面から草の上の方までそれぞれ別の生態系をなしている。まるでジャングルだ。

「庭の中にカオスが……いや神秘の世界がいっぱいですね。あ、これ、天日に干すといいお茶になるんだよな。むしったら、ダメだよね」

 いや、こんなたわわな実……。

 自然にのどが鳴った。

「どうしよう。これ、かみつぶすといい味、出すんだよなあ……」

 常人にはない知識だ。どうやらミスターとの契約に至った原因がわかる。

 彼は超がつくほどの貧乏暮らしを強いられていたのだ。

 そこらをうろうろしていると、心細い上に腹が減った。彼は「仕方なく」ごちそうを口に運ぼうとした。

「いただきまーす」

 かがみこんでいたのが敗因だった。ミスターは目下の者に容赦がない。ずるずると肩をつかまれ、後方へと引きずられた。

「おかしなもん、口にいれてないだろうな」

「おっ、おかしなものって?」

「草を好むのか……猫並みだな」

「え? あ! ちょっと待って! ミスター?」

「いいから、早く来い、猫並み」

 きっぱりと言って、ミスターは青年のずっと先で腕組みをした。

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