第三十四話 不知火先輩の解決

 普段世相に興味のない鶫でさえ、どうやら、何かが起きているのではないか? と思わざるを得ない夏がやって来た。

 芸能人とか有名な作家とかが三人くらい同時に、殺人で捕まった。その人物の過去の出演作とか著作は販売停止となったが、そうなると皆急に見たくなって、ファンでもないのにオークションで高値で買ったりした――辻は仇野が学校に火でも点ければインディーズ時代のCD転売で大儲けできるぞ、と息巻いていた――数年前に白澤銀船ぎんせんという虚無人の殺人鬼がいた。現在も消えることなく服役中だが、この人は三十人ほどを密かに誘拐して殺し、自宅の地下に埋めていた。彼に似た手口で無職の男が捕まって、人間の魂を虚無に返しただけだと供述している。なんて物騒な、と思ったけど、よく考えたらこの前自分もそういった理由で殺されそうになったのだった。

 鶫は赤野区という地域に住んでいたが、その駅裏に大穴が開いて、危険だというので封鎖された。ある日その中から深海魚のように目のない白い爬虫類みたいなものが大量にあふれ出た。下水道には白いワニがいると都市伝説には言うが、ワニってよりエイリアン、って感じの異形の生き物だった。警官が出動したが手に負えないので虚無隊が出勤して、何かガスみたいなものを撒いて殲滅した。都市部でそういう化学兵器使うのってどうなの、という批判はあったが、折りしも各地に似たような大穴が出現し始めていて、化け物が出てくる前にガスを穴の中に噴射すべきじゃないかって世論は高まった。

 休日、輪宿へ鶫が行こうとすると知らない私鉄の路線が一本新しく増えていて、でも誰もそれを疑問に思っていないようだった。それは随伴体なのではないかと疑ったが、もしそうなら自分もこうして違和感を覚えていないはずだし、学校とかネットで聞いてみると、確かに、あれはいきなり出現したように思える、って人が他にもいた。

 ということは本当に急ピッチというか瞬間的に線路が引かれたのではないか。

 これはネットで話題になって、夕方のニュースで取材が鉄道会社に入った。

 広報担当者はなんかすごく不機嫌そうなおじさんで、このたび、いきなり路線が出現したように思えるが? というインタビュアーに対して「そうですが?」と挑発的に答えていた。「早いほうがいいと思いますが?」

 確かに、これまでアクセスが不便だった北方面へ移動できてラクなのは事実だが、広報担当なのにああやって邪険にするのはどうかな、と思った。

 暑いせいかそういう人をテレビでよく見るようになって、偉い人や一般の通行人とかがなぜか最初からイラついているという映像がしばしば流れた。場合によってはインタビュアーとかニュースキャスターが悪態をついていることもあって、そのまま電波に乗っていた。ある女優が旅番組で、いきなり馴れ馴れしい通行人のおじさんに「殺すぞ」と呟いていたのがマイクに入り、一時期問題になったが、ある日からいきなり「自分を包み隠さない姿勢が逆に好感を呼ぶと話題になっている」と報道されるようになった。そのファンを中心に、とにかく悪態をつくことが流行になっていって、社会の風紀が乱れたが、思ったことをちゃんと言わないほうが間違っているとか、人の悪口を言う人のほうが逆に信用できる、という論調が出回っていった。これは、その女優が実際に通行人を殺傷するまで続いた。

 同じころ、空にずっと浮かんでいた奇怪な物体が、夕方、十七時二十三分くらいに音楽を流すようになった。

 荘厳な聖歌みたいな聴いたことない曲で、誰もが、何で十七時ちょうどに流さないのだろう、ともどかしい思いをした。

 池虚のほうは、新開発が知らない間に進んでいて、気色悪いくらい巨大な建物がまたどんどん建っている。

 虚無人の数もなんだか増えたような気がする。

 いったい何が起きているのか。

 そういう話を不知火先輩に話すと、「ああ、それは、七月病だよ」と言った。

「病気なんですか?」

「虚無が高まって、この前雨引さんが具合悪くなったみたいに、まあ都市に中毒症状が出てるんだね」

「何か解決方法はないんですか」

「ない」

「ないんですか?」

「あまり皆気づいていないけれど、すべての問題に対して対処法は、ないんだよ」

「ないということはないのではありませんか。例えば、一個一個原因を究明して、そのために何ができるか考え、行動していけば」

「そうできると思い込んでいるよね。ところが、実際は何もできないんだ。何かしたつもりになることはできるけど、結局、問題は解決することなんてないんだよ。永続的に世界にあり続けて、見るのをやめる以外に我々には何もできないんだ」

 そこで、そのとき抱えていたいろいろな不安に対して、鶫は考えるのをやめ、確かに平安を得ることができた。

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