第三十三話 不知火先輩の孤高

 部室に鶫が一人でいると、保健医の月島が入って来た。

「あれ? 虚無部の部室に急病人がいるって聞いたんだけどなあ。いやしないじゃないの。知らない?」

「知らないですね、ずっとわたし一人でしたよ」

「そうかい。うーむ、いないならいいけど……いや、ことによると、こことは位置に存在する部室の話かも知れないなあ」

「ずれた位置? それはどういうことですか、月島先生」

「一時的かつ虚無的に、単一の場所がずれて、いくつも存在することが起こりうるんだよ。そっちのほうの部室の話かも。一応、見ておこう」

 そう言って、月島は部屋を出て行った。

 数分後に彼女は慌てふためいて戻ってきた。白衣には青黒い液体が付着し、息も絶え絶えだ。

「ありゃだめだわ! 閉鎖しないとヤバい。わたしの手には負えないぜ! ザムザ氏症候群の変異を起こしてるね。虚無隊へ救援を要請するわ」

「そうですか、頑張ってください」

「わたしが頑張るわけじゃないけどね」

 それからまた数分後に月島が入って来て、患者は虚無の狭間に葬られたのだと言った。

「そう、虚無葬。あれは取り返しが付かずわたしにはどうすることもできなかった。しかし贅沢言えばもうちょっと彼奴の体組織を調査したかったけどなあ。わたしは自分の危険を犯してまで探求するほどのマッド・サイエンティストではないので断念」

「その部室はどうなったのですか?」

「すでに塵、あの怪物と化した患者ごと虚無だよ。とはいえまだまだいくつもの部室が存在している」

「いくつくらいですか?」

「少なくとも六十七垓部屋以上あることは確認が取れている。そのいずれかで病人が発生したらわたしは職業柄調査しなくてはいけないんだ。君は知らなかったかも知れないけれど、わたしは養護教諭であると同時に対虚無の調査官でもあるからね。部屋のいずれかで何かあったらわたしに知らせてくれ。また救援を虚無隊に要請する。たぶん最大で七千人くらいは要請できると思う」

「この学校だけで七千人の虚無隊の人を要請できるんですか?」

「隊員一人につき九百人には分裂してるから、大丈夫。日日谷君みたいな感じで」

「先生は分裂していないのですか?」

「してるよ。ただ独立してるから、六十七垓のうちどこにいるか分からないんだ。サボってる個体も多いし。九十兆体くらいには分裂してるけど、そのうち七十兆はサボってると思う。わたしは真面目な個体」

「そうなんですか」

「ちなみに六十七垓っていうのはこの部室の話で、場所ごとにぶれ方も違うし、個数も違うから。保険室は八千部屋くらいだし、校長室とかは三百強、駅の辺りは十五溝くらいにまで膨れ上がってるし、南口の本屋とかは七百くらいしかなかったはず」

「その数は何で決まるんですか」

「さあ。神がダイスでも振ってるんじゃないのかな。わたしは戻るから重病人がいたら呼んでくれ。ただ外骨格とか複眼が形成されはじめてたら逃げたほうがいい」

「分かりました」

 去り際、月島はこう付け加えた、

「ああ、ちなみに不知火部長だけは分裂せず常に一人だね。彼女はぶれない人だし」

 後半に対しては異論があったが、鶫は何も言わなかった。

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