第三十二話 不知火先輩の狂喜

 その後教室で秋葉と、この学校にアイドルがいるらしい、しかもすごく売れてる子らしいよ、といった話をしていると、まさにその仇野カルマのファンである、という男子が話しかけてきた。辻という常にマスクをつけている人物だった。彼は、仇野がこの学校にいるならぜひ会ってみたい、と言ったので鶫は彼女のクラスに彼を連れて行った。

 二つ隣の教室へ行くと仇野が携帯端末を弄ってゲームをやっていた。鶫がまず辻を紹介すると、仇野は非常に喜んだが、彼の方はというと淡白な反応で、普通、アイドルのファンというやつは、その対象を見たら歓喜するものじゃないのだろうか、と鶫は思った。

「えっ、君あたしのファンなの! やっとあたしが今すごく人気だってのを理解してる人が来たよ、鷹無さん!」

「良かったですね」

「ええ、オレもかなり前からのファンで」辻が言った。「初期の曲とかも、すごくいいですよね」

「この前の握手会にも来てくれたの?」

「握手……ああ、いや、それは行ってないですけど。もちろん機会があれば行きたかったですけど、ちょっと行けなくて」

「そう、でもまだまだ今後もやるから。テレビとか出てても、ファンとの距離が近いアイドルをあたしは目指してるからね!」

「ええ、それはなによりかと」

「あ! そうだ、辻君にサインあげようか!」

「サインですか……ああ、まあ欲しいですね。でも今色紙とかないんで」

「ノートとかに書いてあげようか!」

「いや、今度、ちゃんとした色紙に書いていただきたいんで。また今度」

「そう……え、あたしの曲何が好き? っていうか映画は見てくれたよね?」

「曲……曲はあの、なんとかグラデーションってやつですかね。映画はまだ見てないです。見ようと思ってるんですけど」

「グラ……グラデーション?」

「はい。あの、夕焼けの中で君と僕は、ってやつ」

「夕焼け……ああ、『ヴィヴィド・シチュエーション』? サードの二曲目の」

「いえ、四曲目じゃないですか」

「そうかな」

「そうじゃないですかね。それが好きです」

「そう。良かった」

「ええ。ああ、予鈴だ。じゃそろそろ失礼します。今後も頑張ってください」

「ありがとう頑張るよ!」

 廊下で鶫は辻に言った。「辻君、なんかテンション低かったね、イメージと違った?」

「え? いやオレは常にこういうテンションだよ。イメージ通りだったよ、仇野さんは」

「そう、でもファンってもっとこう、狂喜乱舞じゃないけど、実際会ったらすごく喜ぶイメージなんだけど……」

「いや、オレは喜ぶときは静かにやるタイプだからね。それにあんまり騒いでも迷惑だし」

 後日、秋葉と辻と一緒に帰ったとき、辻がアイスを買ったら当たりが出て、そのとき彼は天を仰ぎながら絶叫して喜び、とてもうるさかった。

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