第三十一話 不知火先輩の調査

 ある朝、駅にやって来ると不知火先輩と、見知らぬ少女が何か押し問答をしているようだった。相手も虚無人で、同じ学校の制服を着ている。鶫に気づいた不知火先輩が、「ああ、鷹無さん、この小娘を知っているか?」

 それに答える前に少女が顔を鶫に近づけて、

「もちろん知ってるでしょ! このあたし仇野あだしのカルマのことを。あたしがいかに現在高く評価されているアイドルか、このテレビを見ないお姉さんに分かりやすく教えて差し上げて!」

「だから、私は結構テレビを見るが、それでもあなたのことなど知らない、つまりアイドルってのは嘘なのだろう、仇野さん。吐くなら霊感があるとか、せめて遠い親戚が有名人とか、そういうちょっとバレにくい嘘にしておくんだ、自己顕示欲を発散させたいのは分かるが」

「いやいや嘘じゃないって! ちゃんとテレビ、ラジオ、ネット番組、映画、いろんなメディアに出ているって!」

「本当に知名度のあるアイドルならそうやって必死にアピールする必要がないだろう」

 鶫は仇野のことを知らなかったのでそう言った。これにはますます彼女は憤慨し、

「だーもう! CDが売れないと言われているこの時代に一万枚も売れてるんだよあたしの『群青SUMMER』は! あとあたしが出た映画『きみとぼくのネヴァーエンディング・サマー・ストーリー』は海外のなんとか賞を取ったんだから! これを知らないってなったら無知蒙昧、モグリ、カッペ、時代遅れの汚名は免れないって!」

「うるさい女だな、これで二人連続で知らないって言うんだから、認知度は〇パーセントだぞ」

「あなた方二人が異様に芸能界に疎いんだよ!」

「じゃあ分かった、他の人にも聞こう、サンプルをもっと増やせば文句ないだろう」

 近くを通った若いサラリーマンに不知火先輩は話しかける。

「お忙しいところすみません、少しお聞きしたいのですが、こちらの彼女、仇野カルマをご存知ですか? 現在さまざまなメディアで活躍中のアイドルと自称していますが」

「いやー、聞いたことないね。アイドルっていうのは嘘なんじゃないの? 注目されたいんでしょ」

「そうですよね。ありがとうございました。ほら見ろ、知らないじゃないか」

「違うって! あのリーマンもまた芸能界に疎い人! 流行に疎い人なの!」

「ならもう少し聞いてみよう」

 その後も不知火先輩が老若男女に問いかけたところ、全員が仇野を知らず、何のとりえもない少女がアイドルを自称して注目されたがっているのだと考えていた。

「まあ、だから仇野さん、地道にこつこつ努力するのが一番ってことなんだ。なりたいものになったと嘘を付いてもそれは近道じゃない。虚無だ。大事な夢なら虚無で終わらせてはいけないだろう?」

「本当なんだって! じゃあ今からネットの動画見せるから! ああ最初からそうすれば良かったよ。もう」

 と、彼女は携帯端末を取り出して操作し、「ほら!」と二人に見せた。

 そこには確かに、有名な音楽番組に出演し、曲を披露する彼女の姿が映っていた。

「ああ、確かに。嘘じゃなかったのか。信じなくて悪かった。じゃあ学校へ行こうか」

「そうですね」

 鶫も不知火先輩もあまり興味がなく、淡白な反応だった。

 不満からか、仇野はその場で代表曲「群青SUMMER」を熱唱し、大勢からうるさいと罵倒され、逆に群集へ呪詛を吐きながら学校へ向かった。

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