第三十話 不知火先輩の忘却
しばしば、誰かが似つかわしくない行動に出た場合「明日は雨が降るんじゃない」なんてことを言うが、その翌日、確かに幻京じゅうが大荒れの天気に見舞われることになった。
その日、部室には朽葉と拝がいて、青少年にもっと健全に虚無を広めるにはどうすればいいか、という不毛な話をしていた。鶫は伊集院が持ってきたマシュマロを食べながらそれを見て、その不毛さが出す虚無性に呆れつつ、今日の夕飯はなんだろうか、とぼんやり考えていた。
そのとき、不意に二人が会話をやめて、部室の入り口を凝視した。
ドアの曇りガラスの向こうに誰かがいるのは見えたが、その人物はすぐに踵を返し、去っていった。入部希望者が、なんだか踏み切れなくて帰ったのだろうか、と思って鶫がふと、二人を見ると、珍しく拝がなんだか真面目な、というか深刻な顔をしているし、隣の朽葉に至っては顔中冷や汗塗れだ。
「朽葉先輩、腹でも痛いのですか?」と鶫が聞くと、拝が意外そうに「鷹無さん、何も感じなかったの?」と聞いた。
わけが分からず二人を見ていると、朽葉は物言わずに部屋を出て行ってしまった。
「どうしたんですか、拝君」
「あれ、あいつだよ。竜胆の野郎だ。部室に来るなんて珍しいと思ってたら、あんな風になるなんてね」
「あんな風って?」
「虚無部の活動だから、虚無をむき出しにして来るのが礼儀とでも思ったのかな、あの常識知らずは。それとも単なる、示威行為かな? 新入りだから舐められまいとしたのか。あいつのことだから、まあ悪意はなかったと思いたいけど、どっちにしてもやり過ぎだよね。班長の顔見た? あいつの虚無に当てられて、揺らいでしまったんだ。保健室へ行ったのかな? たぶん月島先生に強めの薬をもらうつもりなんだろうけど、大丈夫かな……」
「何がなんだかさっぱり分からないんですが」
「虚無人が虚無じゃなくなったら、つまり実存してしまったらどうなる? 消えちゃうんだよ」
「それは、マイナスとマイナスをかけるとプラスになるってことですか?」
「まあ近いかな。どこか別の場所に存在することになったら、もうここにはいられない。この都市は虚無が渦巻き、濃く溜まってる場所だけど、さすがに実存の虚無人は受け入れられない。虚無の虚無人だけが、限られた時間だけいられるってことに過ぎないんだ。あいつはどういうつもりだろ。いくらなんでも……あれはなあ。あの虚無、虚無ってか深淵だね。本当に鷹無さん、何も感じなかった?」
何も感じなかったし、拝の言っていることの意味も分からなかったが、その日のうちに朽葉は消えた。
しばらく後、鶫はふと不知火先輩に「なんか秋葉君に似た名前の人がいませんでしたか?」と聞いたが先輩は、
「似た名前? ああ、三年の冬村君のことか?」と言うだけでなんだかすっきりしない感じになった。
竜胆は何事もなかったかのように、秋葉や拝の誘いを蹴り続けていた。
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