第二十九話 不知火先輩の殺意
昼休みに鶫が購買へ行こうと廊下を歩いていると、段ボール箱を持った男子生徒が眼前に立ちはだかり、足元に箱を置いてから、
「すいません、この箱の中には三本の包丁が入っているので、それを用いてあなたを殺していいですか」と聞いてきた。
部活動の外でこういった怪人と会うという不運、なぜこんなことになったのかという嘆きに襲われ、思わず「はい、どうぞ!」と言ってしまいそうになったが、
「いや、殺傷は困るので止めていただきたく存じます、なぜそうしようと思ったのか、良ければ理由を教えてもらえませんか」と聞いた。
相手の男子は優等生風で、それでいて、ときには冗談を言ってクラスを和ませることもできそうな印象だった。なぜ彼がこんな狂気の沙汰に駆り立てられたのか、純粋に興味があった。
「どうやらあなたの虚無性が高いので、刺すとそこから虚無が溢れそうに思えたんですね。ただ、俺は医者ではないし、殺さずに刺すってのは難しいと感じて、殺すことを前提に刺す許可をいただこうと思ったんです。最初は許可なしにやろうかと思いましたが、そこはほら、最低限のマナーとして」
「三本もの包丁を用いようとしたのはなぜ?」
よくぞ聞いてくれた、といった風に相手は笑み、
「そこがポイントです、一箇所だけ穴を開けても、虚無が出てくる量が限られてしまうので、三箇所を刺した後、一斉に抜こうと思ったのです。もちろん俺の腕は二本しかないので、誰かの協力を得た上で、あなたがまだ生きていればあなたに、三本目を抜いてもらおうとしたのです」
「なるほど」
「それで、やはり殺傷には応じられませんか」
「はい、応じられませんね、ああそうだ。もうひとつ気になった点が。虚無が吹き出るというなら、虚無人、例えば虚無部に所属している朽葉先輩や部長の不知火先輩を狙ったほうがいいとは思いませんか?」
今度は、その質問をするとは素人だね、といった風に笑って、
「彼らは虚無を内包していません。彼らは虚無そのものだから。内に虚無を秘めたあなたのような人でなくてはならないのです。最後にもう一度お聞きしますが、やはりだめですか? 確かに出会い頭の殺傷はいささか無礼ですが、この世界にさらなる虚無を誘引するためにどうかご海容いただければと」
「いえ、やはりご海容することはできないです」
残念そうに少年はかぶりを振って、
「そうですか、分かりました。では、俺は次なるターゲットを探しに行くので、これで失礼します」
「はい。ご健闘を」
彼は去った。後から分かったことだが、この少年はここの生徒ではなく、どうにかして制服を入手した上で潜入していたらしかった。
不知火先輩にその話をしたら、「私もやりたいな」と言い出して、止めるのに苦労した。
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