第二十七話 不知火先輩の不満

「ああ、自分の赤子の写真を年賀状にして、人々に配りたいな」

 と、不知火先輩は唐突に願望を語った。

 黄昏時、街は夜の影に沈みかけている。二人がいるのは、銅錬寺から中枢線で下った七条寺しちじょうじという場所だった。中枢線はその名の通り都市の中枢を強引にぶち抜いて走っている線路だ。ビルの中とか下水道の中とか、人の家の中も省みず、真っ直ぐに。

 七条寺は立体的に発達した街で、駅前には多層商業施設がいくつもの階層を成している。そのだいぶ上のほうで、無計画に建造されたせいで虚無を内包する、途方もなく広大な都市を見上げていた。

「まだ早いですよ、子を成すには」

「子を成すとか、家族を持つとかではなく、赤子の年賀状をみんなに送りたいんだ、私は」

「しかし、ものごとには順序というものがあるでしょう、先輩、まずは婚姻関係を結んでから」

 鶫の発言を無視し、不満ありげに先輩は言う。「大体、もう五十年位、女性同士で子供が作れるようになると言われているのに、一向に実現する様子がないじゃないか。鷹無さんはそれに対して憤りとかないのか?」

「いや、ないですね」

「量子コンピュータもなかなか実用化されないし」

「そうですね」

「テクノロジーが虚無に吸収されていってるんだな」

「恐らく」

「そのくせ、ああいうところには歪にイノベーションが起きてるから」

 そう言って不知火先輩は、闊歩する自動機械オートマトンを指差した。

 それは道に落ちている手袋を回収するために作られたメカだった。

 道に落ちている手袋を、正確に見つけ出し、器用に回収する。道に落ちている手袋の数は一時期急増し、数十年前には路面が手袋で覆い尽くされ、すわ人類滅亡か、といったところでこの手袋回収用自動機械オートマトンが開発され事なきを得たのだ。

 完全に自律しているこの機械、しかし手袋を回収するためだけに作られているので、火事場に突入し救助に当たるなど、他のことは一切できないのだった。

 これだけ科学が発達しても、路上にはいつも手袋が落ちていて、その原因が分からない。

 まるでそれは、虚無から湧き出ているかのようだった。

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