第二十六話 不知火先輩の定義
不知火先輩はある日、架空的な存在を定義させたがった。
「鷹無さん、ここに架空物体Xが存在しているとしようじゃないか」
「それは別にかまいませんが……何か弊害がありますか?」
「いや、架空なので弊害はないだろうが。いや、どうだろう。あるかも知れない」
「あっては困るのですが」
「ではないということにしておこう」
「今、隠蔽しませんでした、何かを」
「していないとも」
「そうですか、ならいいのですが」
「物体Xは毎秒五センチ動く」
「五センチですか。一時間は三千六百秒だから、時速一キロにも満たないということでしょうか。緩慢ですね」
「物体Xは強い虚無性を持っている」
「どのくらいですか」
「蛍宮君の定義を用いると、三十マイルくらいだろうか」
「移動速度は時速一キロなのに、虚無度は三十マイルなのですか? 何か変じゃないですか」
「何が変なのかな」
「いや、何かが」
「ここは諒としてくれ」
「ええ、そういうことにしましょう」
鶫は不知火先輩の口調に、どうも剣呑なものを覚えた。なにやら巨大な虚無を背景で動かしているような、陰謀の臭いを感じた。
なので、なるべく架空物体Xを無害なものに定義付けようと努力したが、知らぬ間にそれは、高さ七十キロ、幅八十七キロの長大さへと膨れ上がり、五つある目から放つ光線は、周囲の人間を一瞬で石に変えてしまうというゴルゴンじみた性能を身に着けていた。しかも、それを鏡で反射することはできず、仮にやろうとした場合、即座に死に、七代に渡って呪われるという対策が施されていた。
「それで、その物体を大量生産しようという話なんだ」
「誰がですか?」
「さる巨大企業だ。もはや刻一刻とその生産ラインが動く時が近づいている。どうすればいいと思う?」
石化は困るので鶫は頭を絞ったが、いい答えは浮かばなかった。
「工場を爆破するしかないのではありませんか」
「それでいこうか……」
「先輩、これは何ですか? 心理テストなんですか?」
「え、ああ、そうだよ」
「それで、結果はどうなのですか、その架空物体Xはわたしのどういった内面を暗示しているのですか?」
「え、うーん、そうだな。そのサイズと石化ビーム、柑橘系の臭いがする、といったデータを考えると、ずばり鷹無さんは、人から理解されないと思っていて、誤解されていると感じることが多く、やったことを後悔することが結構あるかもしれない、というところかな」
「バーナム効果で誤魔化そうとしないでください、この定義は本当は何なのですか?」
「いや、ただの一時の虚無さ……」
と、先輩は言ったが、なんだか不安だったので、どこかで等身大のリアルな石像が発見されたりしないか? と思ってニュースをチェックしていたがそんなことはなく、世間は虚無的に平和だった。所詮架空は架空か、と思いながら、鶫は赤飯を食べた。
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