第二十五話 不知火先輩の暗躍
「鷹無さん、これはどうだ?」やおら自信ありげに、朽葉が取り出したのは分厚い本だ。黄色い表紙で、電話帳みたいだな、と思ったら、実際そうだった。
「これは一から作られた、架空の電話帳なのだ」
「架空ですって? どういうことですか、朽葉先輩」
「この本に載っているのは実在しない人名と実在しない電話番号だ」
「それを一から作り上げたと? 無駄では」
「その無駄が良いんだ。現実に穴を穿つ一要素だ」
と言って鶫に法外な値段でそれを売りつけようとする。
もちろん断っていると、拝が入ってきた。
「拝君、こいつに興味はないだろうか?」
今度は朽葉は彼に対して執拗に本を薦めている。
「そんなのよりすごいものをオレは持っていますよ」平然と拝が言う。
「ほう、どういう代物だ?」
「これですよ」
彼が見せたのはサイコロだ。一見普通だが――
「これはなんと、本来一がある場所に六が、六がある場所に一があるんです。同様に、二のある場所には五が、五がある場所に二があるという珍品ですよ」
「拝君、莫迦も休み休み言いたまえ。どうやってそれが逆だと証明するんだ?」
「証明なんてする必要ないですよ、オレはその事実を確信しているし、班長がそうじゃないって言ってもそれは揺るがないし。ただ、どうしても証明して欲しいなら、手立てはありますよ」
「それは何だ?」
「賽子鑑定士に判断を仰ぐんです」
「賽子鑑定士? そんな職業は初耳だ」
「ああ、博識かと思いましたが意外とそっちには暗いんですね、班長。たまに量子的偶然で、相の異なるサイコロが出現するのは古来よりの悩みでしたから、時空のねじれを感知することのできる鑑定士が登場したのは必然ですよ」
「君と話をしていると、本当にそういう職業があるかのように思えてくるよ」
「いや、あるんですよ。皆知らないだけで。この学校にも専属の鑑定士がいますし、なんなら今から呼びに行ってもいいんですが」
鶫は朽葉が「面白いじゃないか拝君、呼んでもらおうじゃないか」と言うものと思っていたが、にわかに彼は冷や汗を垂らしながら、「いや、今日はやめておこう」と言い、拝はつまらなそうに部屋を出て行った。
「先輩、どうして拝君の与太話に屈したんですか?」鶫が聞くと朽葉は力なく笑い、
「感じることができなかったかな? 拝君から放たれる強烈な虚無を。あれは危険だ。見てくれ」
さきほどの電話帳を彼が開くと、そこはすべて白紙だった。
「落丁ですか、そんなのをわたしに売りつけようとしたんですか、先輩」鶫はそう非難したが、
「莫迦言っちゃあいけない。この番号すべての虚無性を犠牲にしなければ、俺はたちどころに虚空へ帰していただろう。あのまま鑑定士とやらを呼んでいたら、どうなっていたか。拝君の発する虚無で、あのサイコロ以外のすべてが量子的もつれに突入させられていたかもしれない。そうなったら……まったく、大した逸材だ」
と、笑いながら朽葉も出て行ったが、鶫は「何これ、拝君と朽葉先輩が示し合わせて自分を担ごうとしている?」と狐につままれたような気分だった。後日、不知火先輩にそれを話したら「ああ、そのダイスと電話帳は私が二人に授けたものだよ、そうかそうか、やはり激突したか。部内に緊張感が生まれるのはいいことだ」と笑うのだった。
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