第二十話 不知火先輩の揶揄

 会計の来栖と廊下で会った。お近づきのしるしに、というので、切手をくれた。来栖の先祖である来栖男爵という人物の肖像が描かれたものだった。この人は立派な髭を生やしていて〈黒髭男爵〉と呼ばれていたそうだが、別に男爵ではなかったという。来栖も金髪の縦ロールで「かしら?」とか「ですこと?」といった語尾で一人称が「わたくし」だが、別に金持ちではないようだった。

 後日、購買へ行くと来栖が食パンを何もつけずに食べていた。

「来栖先輩、それは辛くないですか?」

「え? なぜかしら? わたくしは好きで食べているのであって誰かから強制されたわけでもないのよ、なぜ辛いように見えると?」

「飲み物もないし何も塗っていないじゃないですか」

「このほうがパン本来の味わいを楽しめますわ」

「先輩がいいとおっしゃるならわたしは別に構わないんですが」

 そこで不知火先輩が通りかかって「来栖さん、貧乏くさい食べ方しているね」と直截的なことを言った。

「なんなのかしらさっきからあなた方。食パンをいただく自由すらないというの?」

「ミルフィーユとかフィナンシェとかにしておくべきじゃないのかな。あと来栖さんは黙ってテニスでもやってればいいんだよ。高笑いして貧乏なヒロインを貶めるために暗躍すればいいんだ」

「そんな非道なことはしません、わたくしは謙虚に生きたいのよ。テニスも運動神経が悪いので無理ですわ」

「じゃあ練習すればいいじゃないか」

「なぜそんなにテニスをさせたがるのかしら?」

「あと仕返しのことを『意趣返し』とか言ったりしろ。執事に頼んで便利グッズを調達しろ」

「部長と言えどわたくしのキャラを勝手に構築しないでほしいのですけれど」

「とにかく、何か飲むものを確保したほうが良いと思うぞ」

「分かったわよ、もう」

 折れた来栖がぼやきながら買ってきたのは味噌汁と甘酒だった。

 また不知火先輩が「それは変だ」とか色々言っていたので、鶫はこれ以上来栖の邪魔になる前に、先輩を連れてその場を離れた。

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