第十四話 不知火先輩の推論

 銅錬寺のある藤波区にはひときわ巨大な構造物が埋没しており、その正体は誰も知らない。物体の高さは七百メートルほど、直径三百メートルほどでいびつな円筒形をしており、いまや木々に覆われ地形の一部のようになっているが、その中身は金属で、詳細は分からないままだ。

 ある朝、鷹無は駅のホームからそれを見て違和感を覚えた。自分が生まれる前からずっとあったものなのに、いままであんなところにあったっけ? と思ってしまったのだ。

 不知火先輩にそれを話すと、「あれは随伴体ではないか?」と彼女は言った。

 虚無人が出現すると、その人物に関する記憶も同時に虚無から呼び起こされるのだが、それ以外にも必要な存在が、まるで以前からあったかのように出現する。

 その人物の両親や兄弟、住居、職場、好きなミュージシャン、好きな食べ物、その他関連付けられる存在が現れ、虚無人が消えるとともに抹消される。

 不知火先輩の幼馴染の秋葉や、姉が虚無人だという雨引も、虚無人に関する記憶が後から作り出されたのか、あるいはその記憶ごと彼ら自身も虚無から出現したのか、判別する方法はない。だから、大抵気にする人はいない。

「あんな大きなものを伴って出現した人がいますか?」

「小さいころあれに登って怪我をした、っていうエピソードを持つ虚無人がいれば、それだけであのサイズのものが形成される可能性はいくらでもあるよ。というか鷹無さん、私はキリンとか、怪しいと思うんだよね」

「キリンですか?」

「誰か虚無人と一緒に昨日出現した存在じゃないのかな、キリンって。じゃなきゃあんなのいるかな?」

「いるんじゃないですか。真実を確定させる方法はないですが」

「そうなんだよ、ないんだ。例えば、君だって私と一緒に虚無から生まれた存在なのかも知れないぞ。あの日、あの電車の中でだ」

「可能性はありますね」

「そうなら、私が消えるとき鷹無さんも消える。そうでなければ、私だけ消え、鷹無さんは私がいたことも忘れる。いずれにしても後腐れはないだろう」

「そうですね」

 二人は構造物を眺めながら駅の階段を下った。

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