第十三話 不知火先輩の横槍
やたら暑い日だった。都市の虚無は、暑ければ暑いほど陽炎のように拡大し、人々は虚偽、酔狂、退廃に溺れる。無論普段から虚無的な人は普段どおりだ。
冷房の効いた部室でアイスを食べていると、不知火先輩が唐突に言った。「横槍を入れたいな」
「いつも入れてるじゃないですか」鷹無が言った。
「違う、いつものとは違う意味の横槍だよ」
「もっと気の利いた、ハイレベルな横槍を入れたいんですか?」
「そうではなくて、根本から意味が違う横槍を入れたいんだ、私は」
「どう違うのですか?」
「実際にやってみせたほうが早かろう。そうだ。確かこんなときのために、横槍の二時間無料券を仕舞っておいたな」
不知火先輩は、雨引が片付けたばかりの部室をひっかきまわして、小さな紙片を二枚探し当てた。
「よし、では行こう。この猛暑の中に飛び出していくのが憂鬱だが。横槍の欲求が勝っているからな」
そうして表に出るともはやアスファルトが溶けていそうな暑さ。都市機能そのものが不全を起こしてもおかしくなさそうだが、それは虚無で補われている。実際的、概念的な都市の運営が滞っても、虚無による一時的、表面的な取り繕いでなんとかなっている。しかしそれは、いずれ取り繕いから実態へと変わり、都市はますます虚無に乗っ取られてしまう。
駅近くの地下街にその場所はあった。ボーリング場やバッティングセンターの隣に、横槍場というのがあって、入り口で無料券を渡して、二人は白いプラスチック製の、細長い棒を渡された。
「なんですかこれは?」
「横槍だ。国際規格に則ったものだ」不知火先輩はそう答えた。
「まず、私が手本を見せよう。そう難しくはない」
先輩は、壁に挟まれた二メートルくらいの空間に立った。両側の壁にはボクシングのサンドバッグのようなものが設置されている。
先輩は棒の真ん中くらいを持って、開始を待っている。
左側のサンドバッグの上にあったランプが点灯し、そちらからブザーが鳴った。
先輩は槍でサンドバッグを突いた。
ランプが消え、数秒後に今度は右のランプが光り、そちらを槍で突く。
「なるほど。指定された方向のを槍で突くスポーツなのですね」
「そうだ。どちらかはアトランダムだ」
しばらくそれを続け、鷹無は質問する。「先輩、これはいつまでやるんですか?」
「やりたいだけやっていい」
そのあともブザーと槍の刺突音だけが続き、不知火先輩は「休憩」と言って鷹無にも薦めたが、彼女は断った。
「先輩、これ二時間もやりたいですか?」
不知火先輩は「いいや」と答え、二人は帰った。
それからそこに行くこともなく、少ししてから横槍場は閉店した。
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