第十話 不知火先輩の食事
不知火先輩と蛍宮が部室でなにやら胡乱な会話をしている。
「それで、例の件の硬度はいかほどなんだ、蛍宮君」
「硬度というか深度で表したほうが分かりやすいかと」
「深度では応用的な部分が把握しづらいと言っているだろう。何ppmなんだ?」
「具体的な数字は分からないですが、五十六マイルといったところでしょうか」
「五十六マイル? それでは昨年の半分ではないか。まあいい、これに関してはのちほど報告書を出してくれ。技術部の汐留君ももっと努力すべきなんだ」
「それよりも、昨晩俺が見た夢についての報告をしてもいいですか? いいですね? 川原を俺が歩いているとタクシーで知り合いの人がやって来て……」
「ああ、続きは君の家の庭に咲いている紫陽花にでも話してくれ……」
「紫陽花なんてないのですが?」
「じゃあ植えればいいだろう!」
入り口に立っている鶫に気づいて不知火先輩は近づいてきた。
「やあ、鷹無さん、虚数空間の袋小路に有益な若さのパワーをかなぐり捨ててきた、不知火真昼です。今から時間があれば一緒に食事でもどうかな?」
「ああ、購買ですか? それともこの前のアイス屋にまた行くのですか?」
「購買はもう飽きたろう、あの人造肉丼と餃子定食ばかり食べて。あとあのアイス屋は朝十時までしか営業していないぞ」
「なんて不便な、ではどこで?」
「この近くに虚無的な魚肉屋があるんだ……」
学校を出てすぐの、坂の中腹は魔窟と化している。購買方面の闇市場とつながっていて、怪しい商人が多数潜んでいる。バラック小屋が縦横無尽に連なっており、錆と埃の臭いが立ち込めている。
魚肉屋はそんな魔窟の只中にあった。異様に狭く、コの字型のカウンター席のみだ。店内はひどく生臭く、薄暗い。つけっぱなしのテレビの画面は妙に色が薄く、映し出された人物は幽霊みたいに霞んでいる。カウンター内にいる店主の顔は影になっていて見えない。
先輩は魚肉丼を頼み、鶫も同じものを注文した。
出てきたのは、甘辛いタレがかかった肉の乗った白米だ。食べてみると、どうやら白身魚らしい。
味はまずくなかったので、店を出てから「おいしかったですね」と言うと、
「そうだろう。しかも非常に経済的なんだ。あれはどんどん増えるから」
「どんどん増える? 養殖ですか?」
「養殖というか、どんどん生えるというか」
「生える?」
「ああ、湧き出る、溢れ出る。虚無的なまでに増え続けるぞ。半分液体の状態で。あれがいずれ、都市を覆いつくしてしまうかもしれない。だからそうしないために、我々が食べる必要があるのだ」
いったいあの魚は、原材料の段階ではどういう状態なのだろう。というか魚なのだろうか。分からないが、安かったし味も良かったので、それからも鶫は学校帰りによく食べた。
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