第八話 不知火先輩の話題

 ある日、鶫が部室へ行くと雨引がいて、携帯端末を弄っていた。

「どうも、おはようございます」

「ん。確か新入りの鷹無さんってゆったかな」

「はい、鷹無です、雨引先輩」

 拝と同じく、携帯を操作したまま目線を合わせず会話を続けるのかと思ったら、ちゃんと彼女は机に端末を置き、きちんと目を見て話してくれた。

「まー、なんか気に入られてるみたいだね、不知火さんに。ご愁傷様とうかお疲れ様」

「いえ、面白いです。雨引先輩も不知火先輩に勧誘されて入ったんですか?」

「いーや、あたしは自主的に。あたしのお姉ちゃんも虚無人だからさ。その縁とうか」

「お姉さんが? それはどういうことなんですか?」

 雨引はうーん、と少し唸ってから、

「分かんない。あたしにとっては産まれたとっからずっといる姉だけど、最近虚無から出てきたぽっと出の存在なんだよね、実際は。あたしとか両親の記憶の中のお姉ちゃんも、本人と同時に虚無から出てきただけで。そうゆう意識は全然ないんだけど。お姉ちゃんがいつか消えたら、その記憶は残んないわけで。それは寂しいけどその寂寥感も残らない。虚無だよね」

「虚無ですね」

「まあ、だから、あたしは不知火さんみたいなトリックスターとゆうかトラブルメイカーはごめんなんだけど、鷹無さんはあの人が消えるまでは仲良くしてやってよ。あんなのでも部長なんだから。あんまり無茶苦茶なことするようならあたしにってくれれば対処するんで」

「対処って何をするんですか?」

「脳髄に電極を埋め込んでやりたい気分だよ、時には」


 虚無人はその背景とともに出現して、ずっと前からいるようにそこに現れる。

 しかし最短で一週間で、彼らは跡形もなく消えてしまうという――彼ら本人が言ったのか、あるいは根も葉もない流言か。消えた後は誰の記憶にも残らないけれど、都市には今日も、既に消えてしまった虚無人の、空虚な噂が流れている。

 そして少しばかり寂しい気分の誰かは、既に忘れてしまったけど、自分の近くにその人がいたかも知れないと空想し、寂しさを慰め、あるいは余計に空虚な気持ちに成り果てるのだった。

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