第三話 不知火先輩の激昂

 銅錬寺東高校の周囲は、違法と思われる建築物が重なり合うように立ち並び、駅とショッピングモール、露天市場、集合住宅、東高の校舎などが半ば一体化して要塞のようになっている。部室棟も半ば密集した商店街と一体化し、階段は曲がりくねり、退廃的、圧倒的な有様だった。

 虚無部の部室は地下にあり、廊下はどこからか水漏れしているらしく湿っており、黴臭かった。狭い通路を抜けて部室のドアを開けると、そこは七畳くらいの広さで、旧式のパソコン、本棚、洗濯機、三時間遅れの柱時計などが雑然と置かれている。

 ゴミ捨て場から拾ってきたような壊れたソファーに横たわって、小柄な男子生徒が文庫本を読んでいた。

「やあ、おがみ君」不知火先輩が声を掛ける。

「ああ部長」本から顔を上げずに彼は言った。

「拝君、なんだその曖昧な挨拶は」

「ああ、ご機嫌よう部長」

「ご機嫌よくない」

「何ゆえに」

「君がそうやって曖昧で散漫な態度を取り続けているからじゃあないか」

「一理あるかも知れない」

「新しいメンバーを連れてきた。鷹無さんだ」

「ああ、どうも、鷹無です」鶫は相変わらずこちらを見ない拝に挨拶した。

「初めまして、拝です」言いつつ、もちろん文庫本から目を離さない。

「拝君、我が部は相当緩い感じが売りだが、それでも礼儀を弁えるべきじゃあないか。一体なぜ君はそんなに本から目を離さないんだ」

「それはですね、この本がものすごく面白いからです」拝は力強く答えた。

「そんなにか。虚無的にか」

「虚無を駆け巡るほどの面白さです」

「ということはひょっとして我々は邪魔だろうか、読書の」

「さすがは部長、察しがよいですね」

「この虚無野郎、箱の中の存在するかしないか不確かな猫に引っかかれるがよい!」と、いきなり不知火先輩は激昂して、「鷹無さん、こんな邪悪な読書家からは離れようではないか」

「ああ、はい」

 二人は部室を後にした。

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