拾壱話 対峙する怒りと狂気

「君が到着するまで、もう少し生徒達と遊んでいようと思ったんだが、まあいい」


 開人にナイフを握り潰されても、網川は怯むことは無かった。使えなくなったナイフを破棄すると、新たなナイフを懐から取り出し、ナイフの腹を舌で舐めてみせる。


「……開人。お前は」


 春彦は状況に思考が追いついていなかった。刺されると思った瞬間、突然窓を突き破って開人が現れ、そのまま網川のナイフを握り潰した。どう考えても人間技ではないし、身にまとう雰囲気も普段のマイペースな開人とは明らかに異なる。


「春彦。話しは後だ。君も早く逃げろ」

「琴美の仇が目の前にいるのに、このまま逃げれるかよ!」

「気持ちは分かるがここは僕に任せるんだ。あいつは君の手に負えるような奴じゃない」

「でもよ!」


 春彦はなおも食い下がった。春彦の気持ちは開人にも理解出来る。だが、昨日の動きを見る限り、鋼人以外が網川を相手にしても死体が増えるだけだ。


「怪我人だっている。須々木先生だけじゃ運べない。君も手伝うんだ」

「それは……」


 開人に諭され、春彦は網川の投擲で負傷した男子生徒を一瞥する。確かに彼を放っておくことは出来ないし、自分では網川に敵わないという事実も、先の攻撃で痛感した。


「分かった」


 幾分か冷静になり、春彦は現実を受け止める。今自分に出来る最善をしようと、そう強く心に決めた。


「美織先生。手伝います」

「ありがとう、吾妻くん」


 春彦と美織が両側から負傷した男子生徒を支える。彼を早く病院に連れて行かなくてはならない。


「開人、死ぬなよ!」

 

 去り際に春彦が力強く言い。開人はその言葉に頷く。

 続けて開人は美織と目が合い、


「せん……友永くん。どうかご無事で」

「また後でね」


 不安気な美織に、開人は微笑みを向けて送り出した。


「さてと、そろそろ初めてもいいかな?」


 網川は開人との勝負は存分に楽しむため、邪魔者である美織達が去るまでの間は、ナイフを手元で遊ばせて大人しく待っていた。そんな我慢もこれで終了。ここから先は、思う存分殺し合いが出来る。


「いつでもどうぞ」

「それじゃあ遠慮なく」


 網川は教卓を蹴り飛ばすと、教卓の下に忍ばせていたゴルフバッグを手に取り、中から大ぶりの鉈のような刃物を取り出した。


「こいつは私のお気に入りでね。有原もこれでバラしてやった」

「そうですか……」


 この程度の煽りで開人は動じない。怒りは全て、攻撃を当てる瞬間にだけ込めればいい。それ以外はあくまでも冷静に冷静に。


「しゃあああああ!」


 奇声を発しながら網川は三本のナイフを投擲。鋼人の身体硬度を持ってすれば投擲ナイフの一撃など大したダメージにはならないが、網川はいやらしい場所を的確に狙ってきた。


「ちっ!」


 網川の放ったナイフは開人の顔面目掛けて飛んでくる。いかに鋼人であっても、普通の人間であった頃の感覚はそう簡単には抜けない。

 目を庇うために開人は反射的に回避行動を取ってしまい、それ自体が隙を生んでしまう。


「そこだ!」


 開人の回避方向を的確に読んでいた網川は、すかさず開人の首目掛けて鉈を薙ぐ。

 しかし、開人とてそれに反応できない軟弱な身体能力ではない。近くにあった椅子を咄嗟に蹴り上げ、自身と網川の間に割って入らせることで鉈を防ぐ盾とした。


 網川の一撃を受けて、椅子が横一線に両断される。


「なんて切れ味だ……」


 予想だにしていなかった鉈の威力に、開人は眉をしかめた。

 開人の首には三センチほどの線が走っており、裂けた皮膚から金属光沢が覗いている。網川の一撃は盾となった椅子を両断すると同時に、開人の首にも傷をつけていたのだ。

 鋼人に傷を負わせることが出来る切れ味の刃物など、今の時代にはほとんど出回っていない。それが可能な武器ということは――


「その鉈。鉄鋼戦役時代の遺物ですね?」

「ご名答。この大鉈は、鉄鋼戦役時代に300を超える鉄鋼兵の身体を切り刻んだとされる名品中の名品だよ」


 鉄鋼戦役当時。敵対国の鉄鋼兵との戦闘において優位に立てるよう、各国は鉄鋼兵の機械の身体にダメージを与えることが出来る特殊な武器の開発にも力を入れていた。

 通称『鉄鋼殺てっこうごろし』。様々な形状の『鉄鋼殺し』が、当時の戦場には溢れかえっていた。

 網川の所有する大鉈もその一本で、恐るべき威力の正体は高速振動による切断力の強化にある。


「よくもまあ、そんな物が手に入りましたね」

「父が鉄鋼戦役時代の遺物を収集していてね。その父も亡くなり、今では私の所有物だ」


 幼少期から網川は様々な武器を目にしてきたが、中でもこの大鉈が一番のお気に入りだった。体を断つための太くて暴力的なフォルム。これこそが凶器のあるべき形だと、網川はそう思っている。


「その脚は?」

「より円滑に殺しを進めるために、海外で脚部の機械化手術を受けた。おかげで逃げ足が速くなったよ」

「そうまでして、何故殺しを繰り返す?」

「楽しいからさ。初めて人を殺したその日から、私は殺人の虜なんだ」


 網川が最初に殺した相手は自分の父親だった。父親が収集していた鉄鋼戦役時代の遺物。それらは父親にとってはただの鑑賞物でしかなかった。

 だが、息子である網川は違った。武器は美術品ではない。人を殺すために使ってこそ意味があるのだと、彼はそう考えていた。思い立ったその日の内に、網川は躊躇なく父親を殺した。

 一度味わった感覚はそう簡単には捨てられない。教育者の仮面を纏いながら、網川は赴任した先々で犯行を繰り返していった。

 犯行をより円滑に進めるために、自ら進んで足を切り落とし、より強靭な機械の足を手に入れた。

 先日殺害した有原琴美でもう何人目であろう。網川にとって殺人は、すでに趣味の域すら超えている。殺しとは、今の網川にとっては生き方そのものなのである。


「……良い先生だと思ってましたよ」

「そう見えるように振る舞っていたからね」

「あなたの本性を見抜けなかった自分が情けないです」

「恥じることはない。君はまだ若いのだから」


 開人が鋼人であることを知っているからこその、皮肉だった。

 鉄鋼戦役の知識を持つ者が、鋼人の実年齢を失念しているわけがない。


「言ってくれますね……小僧」


 静かな怒りが強い言葉となり、口から漏れだす。良い先生だと思っていた。

 そんな人に琴美は殺された。こんな残酷な話しがあるだろうか。


「一つ提案なんだが、場所を変えないか? 私も君も、本気を出すにはこの教室では手狭だろう」

「後悔してもしりませんよ?」

「後悔などするものか。本気でやりあえぬ殺し合いには何の価値も無い」

「いいでしょう。本当に死んでもしりませんからね」

「決まりだな」


 口元に笑みを浮かべると、網川はまるで重力を感じないかのような軽やかな動きで教室の窓から屋上へと飛び、開人も無言でそれに続いた。

 戦いは、第弐ラウンドへと突入する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る