玖話 一度きりじゃない青春

 鉄鋼戦役てっこうせんえき終結。


 国家防衛のために生み出された鋼人たちであったが、その能力を戦場で発揮する機会を得ぬまま、二年に及んだ戦争は終わった。鋼人の出番が無かったことは、素直に喜ぶべきことである。彼らが戦わないイコール、「ジパング」本国へは危機が及ぼなかったということなのだから。

 無論、戦争が終わった瞬間に世界が平和になるというわけではない。世界中で小規模な衝突は続いていたし、「ジパング」に被害が及ぶ可能性はまだ捨てきれてはいなかった。


 戦後もしばらくの間は、極秘裏に鋼人たちによる防衛体制が敷かれていた。


 終戦から二年半。鋼人たちによる防衛体制も解除される。

 最終的には、彼らが活躍する機会は一度も訪れなかった。


 戦後の鋼人たちに対する政府の対応は、事前の約束と違わぬものであった。

 能力を犯罪や反社会的な行為に使用しないこと。所在を常に明確にし、政府のエージェントにも定期的に近況報告を行うことなどを条件に、鋼人たちには自由が与えられることとなる。

 家族のもとへ帰った者。正義感から政府機関に残った者。新たな人生を選択した者。

 選んだ道は千差万別。そして、現在は友永開人を名乗る少年が選んだ道は――


「――僕は高校に通うことにしたよ。病気で失った分の青春を取り戻したくてね。入学に必要な書類なんかは政府の人間が融通してくれたし、僕はすんなりと高校へと入学することが出来た。初めて通ったのは今から35年前。山梨の公立高校になる」

「……凄く今更ですけど、先輩は老けないんですか?」


 聞きたいことは山ほどあったが、美織が一番気になっているのはその点だった。

 話が「鉄鋼戦役」前後にまで遡っているのだから、当然開人はその時代の人間ということになるが、彼の外見は17歳の少年そのものだ。


「そういえば、その点についてはまだ曖昧にしていたね。機械の身体を持つ僕たち鋼人には、基本的に老いるという概念は無い。僕の外見は手術を受けた17歳当時のままだ。あえて年齢で表すなら、僕は今57歳ということになるね」

「先輩どころか大先輩ですね」

「おっと、歳より扱いは止めてくれよ。僕は見た目だけではなく、心も十代の高校生のつもりだから」

「分かってますよ」


 眉を顰める開人に対し、美織は悪戯っ子のような笑みを浮かべた。実年齢が自分の父親くらいというのには少し驚いたが、例え鋼人であっても、かなり年上であったとしても、美織にとって憧れの先輩であることに変わりはない。

 むしろ、彼の大人びた印象の理由が分かってスッキリしたくらいだ。


「最初に通った高校で、僕は入学から卒業までの三年間を過ごした。やってみたかったことは何でもやったよ。部活にも入ったし生徒会にも参加した。友達も出来たし修学旅行もとても楽しかった。誤って鋼人としての能力が発動しないようにセーブすることだけは、少し大変だったけどね」


 開人は無邪気な子供のように、身振り手振りを交えて熱弁した。まるで昨日のことのように何でも思い出せる。最初の高校生活は、彼にとってはそれだけ印象深く、かけがえのないものであった。


「楽しい三年間はあっという間に過ぎ去り、いよいよ卒業を迎えることになった。でもね、そこで僕は一つの問題に突き当たったんだ」

「もしかして、卒業後のことですか?」

「その通り。僕の願いは失った青春を取り戻すことだけで、その後のことなんて何も考えていなかった。必死に今後の自分の在り方を考えたよ――」


 言いかけて開人は苦笑いをした。今になって思えば実に幼稚な思考だったと思う。だけどそれも無理はない。当時は外見と実年齢にさほど差は無く、今より遥かに子供だったのだから。


「――考えても結論は出なかったよ。だから、僕は二周目の高校生活を始めることにした。僕は老けないし、政府のバックアップもある。話はすんなりと進んだよ」

「二周目ということは、また入学からということですか?」

「うん。ただし別の学校にだけどね。流石に同じ学校や同じ地域で再入学したら、周りに怪しまれてしまうから」

「それは、確かにそうですね」


 卒業間もなくなら顔見知りの後輩もいるだろうし、当然の判断といえる。


「二周目の高校生活は心機一転。北海道の私立高校に通うことになった。雄大な自然に囲まれて送る青春。あれは最高だった」


 夏休みには友人たちとキャンプやバーベキューをして、冬はスキーや雪まつりを満喫した。季節感を意識した青春だったというのが開人の感想だ。


「でも、今になって思えば、ここで僕は拗らせてしまったのかもしれない」

「何をですか?」

「青春を拗らせてしまったんだよ」


 先輩お得意の詩的な表現ではあったが、その意味は美織にも何となく理解出来ていた。おそらくそれが自分が先輩と出会えた理由でもあり、今こうして再会出来た理由でもあるのだから。

 きっと、この間見た夢で先輩が言いかけたのも、そういうことだったのだろう。


「二周目の高校生活は一週目とはまた違った楽しさがあった。二周目だというのを忘れて本気で青春したよ。それをきっかけに欲が出てしまった。今とは別の青春を送りたい、何度だって青春したいってね」


 老けることが無く。17歳の姿のままの開人だからこそ出来る、何度も高校生活をやり直すという発想。

 政府側からの反発は必至と思われたが、政府は意外にもあっさりと開人の願いを聞き入れ、書類や住居の手配などのバックアップを行ってくれた。

 もちろん百パーセントの善意でそうなったというわけではない。老けることの無い鋼人は社会生活の中でその存在を怪しまれるリスクがある。機密保持の観点から見れば、外見の年齢に即した高校生でい続けてもらい、全国を転々としてもらった方がリスクが少ないと判断したのだ。バックアップという名目で状況を把握することも容易く、開人の願いと政府の思惑は見事に合致していた。


「政府からの許可も下り、僕は各地を転々とし、何度も高校生活を送って来た。みーちゃんに出会ったのは、9周目の高校生活でのことになるね」

「あの頃は楽しかったです」


 出会った日のことを、美織は今でも鮮明に覚えている。入学から二週間が経った頃。部活の見学で訪れた文芸部の部室で小説に読みふけっていた先輩の姿。読書に集中しているせいか何度声をかけても無反応だったが、本を読む姿はとても様になっており、正直見惚れていた。今になって思えば一目惚れだったんだなと、美織は過去を振り返り赤面する。


「……先輩、どうして突然転校しちゃったんですか。卒業までは、まだ一年あったのに」


 先輩の転校は本当に突然だった。毎日顔を出していた部室に顔を出さないのが気になり、翌日にクラスを訪ねてみたらすでに転校を済ませた後だった。どこへ転校したのか同級生たちも知らないという。連絡を取ろうにも先輩は携帯を持っていなかったので連絡先も知らない。あまりにも唐突な別れだった。

 転校するならするで事前に言っておいてほしかった。突然だからこそ、心の整理にも時間がかかってしまった。


「……あの時は、仕方がなかったんだ」


 開人だってあんな形で美織と離れたことは不本意であった。だけど、開人自身が決めた鋼人のルールに従い、あの時はそうするしかなかった。


「……ごめんさい。困らせるようなことを言ってしまって。先輩にも事情があったんですよね」


 鋼人として生きる以上、姿を眩まさなければいけない事情があったに違いない。もう子供ではないのだ。事情があったのだということくらい、美織も今なら察せる。


「またこうして先輩と話せて嬉しいです」


 美織の頬には自然と嬉し涙が伝っていた。心惹かれた人とこうしてまた昔話が出来ていることが、嬉しくて仕方がない。


「僕も、みーちゃんと再会できて嬉しかったよ」


 自分が在籍している青上高校に美織が赴任してきた時、開人はとても驚いた。

 12年が経ってすっかり大人のお姉さんになっていたけど、内面からあふれ出る優しさと繊細さは間違いなく、開人もよく知る後輩のみーちゃんだった。

 美織とは歩んでいる時間が違う。彼女の人生にいまさら自分が関わるべきではない。そう思い、他人の空似で通すつもりだった。


 結果として真実を告げることになってしまったが、こうして昔話を出来たことは素直に嬉しかった。

  



「あら、もうこんな時間」


 美織が柱時計を見やると、時刻は午後一時を回ったところだった。

 いつまでだって思い出話に浸っていたい心境ではあるが、学校のこともあるので一度戻らなければならない。


「私は学校に戻ります。先輩はどうされますか?」

「僕は仮面の男の素性について探るよ。このまま野放しには出来ない」

「そうですね……」


 琴美の命を奪った憎むべき犯人。おまけに鋼人である開人とも渡り合う得体の知れなさがある。警察だけに任せておくわけにはいかない。


「学校には、友永開人は体調不良だったと伝えておきます」

「手間をかけるね」

「では、私はこれで――」


 椅子から立ち上がり、美織はバーの扉へと手をかけるが、


「先輩。事件が落ち着いたら、またゆっくりお話しましょうね」

「うん」


 素直に頷き、美織の背中を見送った。


 ――ごめんよ。みーちゃん。


 安請け合いしてしまったが、美織と再びゆっくり話せる機会を持てる保証は開人には無かった。

 

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