捌話 そうして彼は「鋼人」となった

「みーちゃん。君は鋼人についてはどれくらい知っている?」


 一階のバー部分を開放し、開人はカウンターに立ち、対面させる形で美織を着席させた。絵面はさながらバーの店員と女性客だが、このバーは10年も前に廃業しており、今となっては居住者である開人の生活空間の一部でしかない。


「ジパング製の鉄鋼兵の名称でしたよね? でも、それは都市伝説だとばかり」

「あれは事実だよ。僕自身がその証拠――」


 開人はカウンター奥の工具箱からバールを取り出し両端を持つと、まるで枝でもへし折るかのように易々と折り曲げてしまった。


「この通り、僕の力は人のそれを遥かに超えている」

「……凄い」


 折れ曲がったバールを摘み上げ、美織は目を丸くした。先の仮面の男との戦闘で開人の身体をナイフが通らなかったことと合わせ、説得力は十分に思えた。


「まずは、僕が鋼人となった経緯から話すべきかな――」



 

 それはもう、40年以上も昔のこととなる。

 現在は友永開人と名乗っているその少年は、生まれつき体が弱かった。

 献身的な両親に支えられ、入退院を繰り返しながらも中学時代までは辛うじて学校に通えていたが、中学三年生の頃に容体がさらに悪化。終わりの見えぬ入院生活を余儀なくされる。高校へは進学することが出来なかった。

 少しでも早く体を治して高校生活を送りたい。それだけを望みに、少年は必死に治療に挑んできた。服用した薬の副作用でこれまでは白髪交じり程度だった黒髪が、完全な白髪へと変わってしまったが、治療のためと割り切り前向きな姿勢を貫き続けた。


 だが、入院から一年が経った頃。必死に運命と戦ってきた少年を悲劇が襲う。

 時代は「鉄鋼戦役」の中期。少年の暮らす「ジパング」は直接戦争に参加することは無かったが、諸外国でジパング国民が命を落とすケースが少なからず発生。少年の両親もそれに巻き込まれてしまう。

 貿易関係の仕事で海外へ渡航する機会の多かった少年の両親が乗った船は、戦渦の煽りを受けて轟沈。少年の両親を含む乗員乗客全員が死亡した。


 これまで献身的に自分を支えてくれた両親の突然の死。他に身内が存在しなかった少年は、天涯孤独の身となってしまった。

 悲劇はそれだけでは終わらない。両親の死により金銭的余裕が無くなり、それまで続けて来た治療は中止となってしまう。

 病気を治して青春を送るどころではない。生きる可能性すらも少年は失いかけていた。

 絶望した少年は、自らの命を絶つ選択すらも考え始める。病魔に命を奪われるくらいなら、死の瞬間くらいは自分の手で――何度もそう考えた。

 それでも、生への執着はそう簡単には捨てられない。


 そんな少年に、一つの転機が訪れる。


「自由な体を得る代わりに、この国を護るべく力を尽くしてはくれないか?」


 ある日突然現れた黒服の男達が、失意の底にある少年にそう提案する。

 男達の正体は政府の役人であり、『鋼人計画はがねびとけいかく』なるプロジェクトのメンバーであった。

 戦争が激化し、戦場の主役は『鉄鋼兵』という機械化兵士へと成り替わった。

 将来的にこのジパングが戦場と化す可能性があるのなら、それに対する備えとして『ジパング製鉄鋼兵』の存在は必要不可欠。聡い少年は、そういった事情を呑み込むのも早かった。

 人道的な見地から計画は見送られてきた『ジパング製鉄鋼兵』。だが、その禁忌を破らねばならぬ程に状況は切迫していた。

 リスクなどのあらゆる説明を行った上で、自由な体を望む者にだけ機械化手術を行い身体を強化。その力を国防に役立てもらい、見返りとして戦後の自由を約束する。それが、政府の下した決断だった。

 政府関係者が全国の病院など周り、第一候補として選んだのがこの少年であった。もちろん強制などしない。政府が行うのはあくまでも提案であり、施術を受けるかどうかは当人の判断に委ねられる。

 国内での機械化手術の事例はまだ無い。故に不測の事態も考えられ、病魔に蝕まれた少年の身体が手術に耐えられる保証も無い。だからこそ、よく考えたうえで決断するようにと、役人たちは少年に念を押した。


 だが、少年は返答するまでに一日しか必要としなかった。

 生き長らえるチャンスを得た上に自由な体を与えてくれるという。今の少年にしてみれば、こんな恵まれた話はない。

 相談する家族ももういない。少年は自己責任で自らの運命を選んだ。




 二か月後。

 そこには、無事に機械化手術を耐え抜いた少年の姿があった。

 強靭かつ俊敏。痛みを感じず外見が老いることもない。国防の要と成り得る機械の身体へと、少年は生まれ変わった。


 これが、ジパング製鉄鋼兵「鋼人」誕生の経緯である。




「――昔、薬の影響で白髪になったことや、入院中は本ばかり読んでいたと言っただろう? あれは全て、僕が鋼人となる前のことさ」

「……壮絶ですね」


 他人が二文字で言い表せることではないだろうが、美織はそれ以外の言葉を見つけられなかった。結果として開人自身は生き長らえたわけだが、家族と、生きる希望の両方を同時に失った時の絶望感は、計り知れないものだっただろう。


「鋼人になったこと、後悔していますか?」

「後悔はまったくないし、当時の関係者にも感謝しているよ。鋼人となったことで僕は自由を得たし、君にも出会えた」

「私にですか?」


 首を傾げる美織に、開人は優しく微笑む。


「じゃあ今度は、僕が鋼人になってからのことを話そうか――」


 数々の青春の思い出を懐かしんでだろうか、これまでよりも幾分柔らかい口調で開人は語り出した。

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