第二十六話「決着のとき」

「俺の勝ちだ、小娘ェ!!」


 レスタトの高笑いが響く中、ドゴーンの拳はうなりを上げて迫る。

 それを、シェイルは正面から睨んだ。


「そっちこそ、あたしのもう一つの力を忘れているようね!」


 シェイルは、傍らのディアドラに視線を向けた。


「ディアドラッ!!」

「うん?」

「あとは任せたっ!」

「ええっ!? こ、ここでいきなり!?」


 拳は、もう目の前に迫っている。


「ディアドラなら大丈夫でしょ? よろしくねっ」


 シェイルは微笑むと、ディアドラに手を伸ばした。

 二人の手が触れ合った瞬間、辺りに金色の輝きが広がって――


 それが収まったとき、そこには淡い光に包まれた金髪の女性が立っていた。


「シェイル! ディアドラと入れ替わったの!?」


 ナーイから、驚きの声が漏れる。


「……まったくあの子は、簡単に言ってくれるんだから!」


 唇を尖らせながら、ディアドラはドゴーンの拳に向かって左の掌を突き出した。


「『風よ!』」


 響き渡る精霊語。


「まぁ……実際、簡単なんだけどね」


 ディアドラは軽く息を吐く。

 ドゴーンの拳は、現れた〈風の盾ウインド・シールド〉に行く手を阻まれていた。


「す、すごい……そんなにあっさり……」


 二人がかりでやっと止めた拳を、ディアドラは一人で悠々とやってのける。

 一同から、感嘆のため息が漏れた。


 ディアドラは視線を巡らせる。


「……あなたたちの強さ、見せてもらったわ。お礼と言ってはなんだけど、〈風の盾ウインド・シールド〉の別の使い方を教えてあげる」

「えっ? 別の使い方!?」

「あなたたちは、これが防御のみに働く魔法だと思っているでしょ」

「ち、違うの!?」

「ふふ……見ててね」


 ディアドラは、突き出していた左手の甲に右の掌を重ねる。


「〈風の盾ウインド・シールド〉を拡大!」


 次の瞬間、盾は大きく広がった。


「次に、目標を包むように弧の形で展開!」


 そう言って、重ねた右手をすっと横に開く。

 すると盾は、ドゴーンの拳を内にして円弧を描く形へと変化した。






「うははは……って、んん? アイツら、何をやってやがる?」


 レスタトと一緒になって大笑いしていたアバレールだったが、嫌な予感に駆られて石の拳に目を向ける。


「んが……!?」


 拳は、変形した風の盾に捕えられていた。

 そして、その先には……


「き、金髪の娘ェ!?」


 アバレールは慌ててレスタトに叫ぶ。


「レ、レスタト様、金髪の娘が何かしてやがりますぜ!」


 しかし、勝利を信じて疑わないレスタトに、アバレールの声は届かない。

 悦に入った表情で、高らかに笑い続けている。






「――さあ、これで形はできたわ」


 ディアドラは言う。


「あとは、風の力を盾の左右で上手に変えてあげれば……」


 変化する内圧。

 石の拳が次第に向きを変え、そして……


「ひっくり返った!?」


 拳は踵を返すかのごとく、ドゴーンの方へと向いた。


「さあ、行きなさい!!」


 その言葉と同時に拳は跳ね返り、空気を切り裂いて飛んでゆく。

 一同が固唾を呑んで見守る中、それはドゴーンに激突し――

 爆音と共にその胸を貫いた。


「やった!」


 一同が見つめる中、胸に空いた穴から赤い光がほとばしる。

 フルフェイスの兜の目に灯っていた光は、二、三度点滅し、そして静かに消えた。

 やがて力なく首を垂れると、ドゴーンは立ったままの姿勢でその動きを止めるのだった。






 一方、本体を貫いた拳は、慣性のままなおも飛び続ける。

 アバレールの目に映るもの、それは自分たちに向かって飛んでくる巨大な拳だった。


「げげげっ!? レ、レスタト様!! や、や、や、ヤベェですぜ!!」


 しかし、やはりその声は届かない。


「ハーッハッハーッ! さあ、か細い悲鳴を上げて逃げ惑え!!」


 レスタトは、大きく反り返って笑い続けている。


「レスタト様!! レスタト様!! ああああ、もう知るかーっ!!」


 みるみる大きくなる拳に、アバレールはレスタトを諦めて、飛び込むように身を伏せた。


 その瞬間、拳はアバレールの頭上を越え――

 レスタトの鼻先をかすめ――

 そして、山の斜面に激しく激突した。


「うおおおおおおおおっ!?」


 落雷のような轟音と、降り注ぐ石の雨。

 アバレールは、頭を押さえて悲鳴を上げる。


 しばしの後……

 石の雨が収まったのを確認してから恐る恐る顔を上げると、土煙の中にたたずむ人影が見えた。


 それは仁王立ちのレスタトだった。

 一歩たりと動いていないその姿に、アバレールは鳥肌が立つほどの感動を覚える。


「おおぅ……レスタト様は、やっぱりスゲェお方だ! 身じろぎ一つしやしねぇ!!」

「……ぁ」

「え? なんです? 良く聞こえないんスけど……」


 アバレールは立ち上がると、レスタトの傍へと小走りで向かう。

 その耳に聞こえてきた声は……


「うぁ~~」

「ああっ!? レスタト様が、か細い悲鳴を上げながら気絶しておられる!」


 愕然とするアバレールであった。


「く、くそーっ! 撤退だー!!」


 アバレールはレスタトを担ぎ上げると、一目散に走り出す。

 遠ざかってゆく、か細い悲鳴に、一同から歓喜の声が上がった。


 それは、青く澄んだ空に、どこまでもどこまでも響き渡るのだった。

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