第二十五話「砕けろっ!!」

 真っ直ぐに自分を見つめる少女の瞳。

 その純粋さに、ディアドラは気圧されていた。

 だが、それを悟られないように、平静を装って口を開く。


「あなたの気持ちはわかったわ……」


 静かにそう言った後、ディアドラは顔を上げた。

 眼前には巨大な石の拳が迫っている。

 それをなんとか防いでいる風の盾は、先ほどよりも明らかに衰えていた。

 もはや、消失するのも時間の問題だろう。


「でも……この状況を、どうやって切り抜けるつもり?」


(いざとなったら、シェイルの体に負担がかかっても無理やり入れ替わって……) 

 そう思ったとき、その耳にある音が聞こえてきた。

 振り返った彼女の口から、思わず驚きの言葉が漏れる。


「こ、これは……!?」


 シェイルの顔に笑みが浮かんだ。

 聞こえてきた音、それは村人たちの足音と……


「シェイル――ッ!!」


 先頭を走るナーイの、友の名を呼ぶ声だった。


 シェイルたちの元に辿り着いたナーイと村人たち。

 数は五人。

 その中にはダナンの姿もある。


 裏山から全力で走ってきたのだろう。

 皆、息も絶え絶えだった。


 だが、ナーイは気力を振り絞って叫ぶ。


「私たちの、精神の力を使って!!」


 その声は辺りに、そしてディアドラの心に響き渡った。


「それは……どういうことだ?」

「おじさま、精神を同調させることで、その人の精神の力を借りて魔法を使うことができるんです!」


 事態が飲み込めていないレオンたちに、ナーイが説明をする。


「要領は覚醒の儀式と同じ! 昨日、ダナンさんを救った〈炎の矢ファイア・ボルト〉は、ナーイの精神の力を借りて唱えたものなんだ」


 シェイルも続くが、もちろん、風の盾を維持し操るための集中力は切らしてはいない。


「それで、こんな危険な場所に来たというのですか……」


 ナイジェルは、うめくようにつぶやく。


「うん……でも、これが今の私にできることだから」 


 肩で息をしながらも、それに答えるナーイ。

 もともと、運動は得意ではない。

 裏山からここまで走ってくるだけで、そうとうな苦労だったろう。


「まったく、あなたという子は……」

「……ごめんなさい」


 伏し目がちになる愛娘にナイジェルは近付くと、ふっと笑顔を見せた。

 乱れていたナーイの前髪に手を入れて、優しく整える。


「でも……あなたの行動は希望の光になりました。ありがとう、ナーイ」


 ナーイの顔に少し照れたような、でも嬉しそうな笑みが浮かんだ。


「よし、ここから反撃するぞ!」


 レオンの言葉に、一同は勇ましい返事をする。

 マチルダの元に一人、長老の元に三人の村人、そしてシェイルの元にはナーイがつく。


「ナーイ、遅いよー!」


 いたずらな笑みを見せるシェイルに、ナーイも笑みを返す。


「あら? せっかく来てあげたのに、そんなことを言うの?」

「あはは、ありがとナーイ」


 ナーイは横に並ぶと、シェイルの肩に手を置いた。


 守りたいものがある――


 その想いは二人の心を結び付け、今、二人の精神は一つに重なった。




「なるほどね……」


 ディアドラはつぶやく。


「最初から、こういう取り決めをしてあったのね」


 そして、納得したように深くうなずいた。

 だが、シェイルはそれを否定する。


「取り決めなんてしてないよ?」

「えっ!? じゃ、じゃあ、なぜこの子が来ると思ったの!?」

「んー……あたしがナーイなら、同じことをしてたから……かな」


 そう言って、シェイルは微笑んだ。




「フン! 弱者がいくら集まろうと、そよ風程度しか起こせぬわ!」


風の声ウインド・ボイス〉が、レスタトとアバレールの嘲笑う声を運ぶ。

 そんな二人を、シェイルは突き刺さるような鋭い視線で睨んだ。


「優しいそよ風だって、集まれば嵐になることを教えてあげるっ!!」


 シェイルは叫ぶと、風の精霊に呼び掛ける。


「『風の乙女シルフよ、再び集いて盾となれ!』」


 その瞬間、ナーイを襲う激しい精神的疲労感。

 それは、魔法を使えない者にとっては想像を絶するものだ。

 だが、ナーイは奥歯を食いしばり、その疲労に抵抗した。

 その甲斐あって〈風の盾ウインド・シールド〉は輝きを取り戻す。

 そして、それはシェイル一人のときより、ひときわ大きく立派なものだった。


 村人から精神力を借りたマチルダの〈風の盾ウインド・シールド〉も、同様によみがえる。


「これならいける!」


 二人は目を合わせると、盾を操る手に力を込めた。


「うわあああああああ!!」


 気合の声と共に、一気に石の拳を押し返す。

 その後ろで、長老の古代魔法の詠唱が響いた。


「『魔力マナよ! 彼の者の体を駆け巡れ! 四肢五体の力を開放せよ!!』」


 その瞬間、レオンとナイジェルの体から光があふれ、炎のように立ち上る。

身体強化フィジカルブースト〉の魔法がかかったのだ。

 これで、二人の身体能力は何倍にも跳ね上がることとなる。


「行くぞナイジェル!」

「任せてください!」


 走り出す二人。

 それはまるで突風のよう。


 ドゴーンに倒され、斜めになった木を駆け上がり、他の木の枝へと飛び移る。

 その枝を使って回転し、勢いを付けて更に高い枝に飛ぶ。


 二人は、みるみるうちに石の拳の遥か上空へと移動していった。


「それでは、お先に行かせてもらいますよ!」


 そう言うと、ナイジェルは枝から身を躍らせた。

 両手の指には、複数の爆ぜる短剣エクスプロードダガーが挟まれている。


「大奮発です!!」


 そう叫ぶと、手にしていた短剣を、一気に巨大な拳に向かって投げつけた。

 短剣は全て手の甲に直撃し、激しい爆発を起こした。


 立ち上る爆煙を背に、ナイジェルは着地を決める。

 柔らかい身のこなしと、魔法で強化された体は、上空からの着地を可能にしていた。


「どうですか!?」


 風に吹かれて煙が流れてゆく。


「むぅ……」


 ナイジェルは手で額の汗を拭う。

 現れた拳は健在で、表面の一部が削れて傷がいくつかできただけだった。


「予想通りではありますが、まさかここまでとは」

「いや、それだけで十分だ!!」


 上空から響く声。

 先程のナイジェルよりも高い位置から、レオンは身を躍らせる。

 目標の石の拳は真下だ。


「狙いは一番深い傷!」


 空中のレオンは、握り締めた拳を振り上げた。






「……これが絆の力」


 ディアドラは視線を巡らせ、そっとつぶやく。


 シェイルを支えるナーイ。

 マチルダと長老を支える村人たち。

 全てを出し切ったナイジェル。

 その誰もがレオンの拳に想いを託し、じっと見守っている。


「一人一人は弱く小さな力でも、協力しあえば大きな力にだってなる。人は誰でも、その可能性を持っている……」


 ディアドラは目を細めて、胸に手を当てた。


(為すべきことを為す……あのとき孤独に飲まれず、アドニスを信じて前だけを見ていられたら、私が闇に堕ちることはなかったのかもしれない……)


 当てた手が、きゅっと握り締められる。


(そしたら、きっと違う未来が待っていたんだ……)


 心の中の闇が音を立てて砕け、あのとき止まった時の針が再び動き出す――






 振り上げたレオンの拳が、不意に光を放つ。


「これは〈魔力付与エンチャント・ウェポン〉の魔法!」


魔力付与エンチャント・ウェポン〉は、武器に一時的に魔力を付与し、攻撃力を上げる初級の古代魔法だ。


「これで、魔法は完全に打ち止めじゃ」


 村人に支えられながら、長老は白い歯を見せた。


 宙を舞うレオンは眩い輝きを纏い、天から伸びる一筋の光となる。

 その姿はまさに稲妻だった。


「お父さん、やっちゃえ――――っっっ!!」


 シェイルの叫びに応えるようにレオンは吠えた。


「砕けろぉぉぉぉぉぉっっっ!!」


 全ての力を乗せて一気に拳を振り下ろす。


 響き渡る爆音。


 吹き飛ぶ石塊。


 舞い上がる土煙。


 一同が固唾を呑んで見守る中――


 レオンの右手が高々と上がった。


 その一撃は、見事にドゴーンの拳を粉砕していた。

 一同から歓喜の声が上がる。


「お父さん、やったーっ!!」


 シェイルとナーイは疲れも忘れ、飛び跳ねて抱き合った。


 だが―― 


 その喜びを切り裂くように、レスタトの高笑いが響く。


「ハーッハッハ! 貴様ら、腕はもう一本あるのだぞ!」


 見れば、ドゴーンの左拳がこちらに狙いを付けていた。


「今度は拳に捻りを加えてやる! その威力はさっきの倍だ!! くらえ――っ!!」


 レスタトの命を受け、ドゴーンの左拳が発射される。

 鋭い回転と共に迫りくる巨大な拳。


「もはや反撃する力もあるまい! 左腕の存在を忘れていたことが貴様らの敗因だ!!」


 勝利を確信したレスタトは、天に向かって大きく笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る