第二十二話「ダークエルフ、再び!」
ライナの村の北側には、広大な森と、連なる山々がある。
村民はこの森で狩りをし、木の実を取って生計を立てていた。
また、森の木から作られる木材は良質で、そのため家屋や家具、大陸へ輸出する工芸品の材料としても使われている。
様々な恩恵をもたらすこの森を、人は『恵みの森』と呼んでいた。
「うむむ……」
村の北門からその森を睨み、うなるような声を上げている一人の老人がいた。
長老だった。
シワだらけの顔に、更なるシワを作って睨む森の入り口には、弓を手にしたゴブリンの大群が立ち並んでいる。
その数は、ゆうに百を超えていた。
「ゴブリンどもめ、何が狙いじゃ」
そのとき、長老の耳に、駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。
「長老!」
「ご、ご無事ですか?」
レオンとナイジェルだ。
「今のところ無事じゃ」
ゴブリンたちを見据えたまま長老は言う。
「きゃつら、あそこに居座ったまま動こうとせん。一体、何を企んでおるのか……」
「むう……ゴブリンどもから放たれる殺気は本物のようだな」
肌を刺すような感覚。
これはレオンが冒険者時代に何度も感じたものと同じだった。
「ということは……大人しく帰ってはくれなそうですね」
ナイジェルの口からため息が漏れる。
「もうすぐマチルダが来る。こちらから打って出るのはそれからだ」
レオンの言葉に、二人は深くうなずいた。
それから程なくして、三人の元にマチルダが合流した。
「みんなは裏山に避難してもらったわ」
「そうか……」
マチルダの言葉に、生返事のレオン。
その顔は、明らかに困惑している。
理由は一目瞭然だった。
レオンの視線の先で、風に吹かれて揺れる赤い髪。
「『なんでまた、お前がいる……』って思ってるでしょ」
そこには、シェイルがいたのだ。
険しい顔の父に、少しばつが悪そうにするシェイル。
「俺の考えがわかるなら、なぜ……」
「だって!」
レオンの言葉を遮ってシェイルは叫ぶ。
「あたしにも戦う力があるから! ……お父さんたちに比べたら、まだ小さな力だけど……でも、この力は大切なものを守るため、今、振るうべきだと思うから!」
純粋で真っ直ぐな瞳。
決して思い上がりや、冒険者になることを認めてもらうために力を示そうとしているのではないことは、その目を見ればわかる。
だからこそ、冒険者にはならせたくなかった。
冒険者だったレオンは、純粋さゆえに命を落とした者を何人も知っているからだ。
思わず言葉を失ったレオンに、シェイルは言葉を続ける。
「それにね……なんだか、嫌な予感がするのよね……」
そう言って頬をかくシェイル。
そのとき――
「ハーッハッハッハ――!!」
突如として響き渡る笑い声。
「ほら出た……」
それは、ダークエルフ・レスタトのものに間違いなかった。
「うはは、俺もいるぞー!!」
その声は大剣の男、アバレール。
だが、二人の姿はどこにも見えない。
「風の精霊の動きを感じる……どこかから〈
マチルダの言葉に、一同は視線を巡らせた。
「……あっ、あれじゃないですか?」
ナイジェルの示す先。
森の中にある、岩肌がむき出しとなった山の中腹で、確かに二人の姿が小さく見える。
「待ちかねたぞ、赤い髪の金髪娘ェ!!」
「また、変な呼び方してる……」
興奮を隠そうともせず叫ぶレスタトに、シェイルは疲れたように息を吐いた。
「あ! レスタト様、あいつ、ため息をついてますぜ!」
「うむ! 貴様、俺の登場に嘆息するとはどういう了見だ!?」
思わぬ批判に、思わず口を押えるシェイル。
「よく、そこから見えるわね……」
山の中腹までは距離があり、ここからでは二人の姿は小さくしか見えない。
「フハハー、ダークエルフの視力をなめるなよ!」
「俺は昔から視力だけはいいんだぜ!」
「くーっ、この野生児たちめーっ!」
遠くで小躍りする姿に、シェイルは歯噛みした。
「このゴブリン軍団、あなたたちの仕業でしょ! 何が目的なの!」
「フン、決まっているだろう! 貴様に借りを返すためだ!!」
「そんなことのために、またみんなを巻き込んで!」
「昨日のような屈辱は初めてだった……」
怒りに震えるレスタト。
怯えたかのように、にわかに草木がざわめき出す。
「貴様は楽には殺さん! ジワジワと一思いに、立ったまま地面を這いつくばらせてやる!!」
「そ、そんなワケのわからないこと……やられてたまるもんかーっ!!」
売り言葉に買い言葉。二人の言い争いはどんどん激化してゆく。
「ああ、うちの娘のせいで……あのときトドメを刺そうとしたディアドラを、ナーイが止めてさえいなければ……」
いたたまれなくなったナイジェルが、申し訳なさそうにうめいた。
しかし、シェイルは首を横に振る。
「おじさん……あたし、嬉しかった。ナーイがあたしを守るため、身を挺してくれたこと……だから!」
シェイルはレオンに向き直ると、真っ直ぐに見つめた。
「今度は、あたしがナーイの想いを守る番なんだ!」
力強い声。
そこには何の迷いも感じられない。
(いつのまにか、こんな目をするようになったのか……)
前だけを見つめる瞳に、レオンは娘の成長を感じていた。
だが、不安が消えたわけではない。
シェイルの体の中には、もう一つの魂があるのだ。
危機に直面したとき、それがどういった形で現れるかわからない。
最悪の場合、暴走したディアドラの魂にシェイルが飲み込まれることも考えられる。
「レオンよ……」
レオンの心内を察したのか、長老がそっと肩に手を置いてきた。
「この距離なら攻撃魔法は届かん。ダークエルフからの手出しはないと考えてよいじゃろう。ひとまずの相手は、目の前のゴブリンどもだけじゃ」
レオンは森に目を向ける。
そこにはゴブリンの大群が立ち並ぶが、知力、身体的に優れたロード種や、精霊魔法を使うシャーマン種の姿は見受けられない。
数以外の危険度はさほどでもないだろう。
小さくうなずいたレオンは、シェイルに視線を戻した。
「……いいだろう。今は少しでも戦力がほしいときだ」
「お父さん!」
「ただし、ゴブリンとはいえ油断はするな! その一撃が致命傷になると思え!」
今のシェイルは、薄桃色のチュニックのみで鎧は身に着けていない。
身に着ける暇などなく家を飛び出したからだ。
そして、それはここにいる者すべてがそうだった。
かろうじてマチルダが額当てを身に着けているが、それに大きな防御力は期待できない。
レオンの言葉に、一同は深くうなずいた。
「貴様ら、話はついたか? ……それでは開戦といこうか!」
レスタトの言葉を合図に、ゴブリンたちは一斉に弓を構える。
辺りに緊張が走る中、マチルダが一歩前に進み出た。
「シェイル! 〈
〈
術者は、その障壁を操って攻撃から身を守ることができる。
かつて、ディアドラが得意としていた魔法だ。
ゴブリンに襲われた村で、オーガが投げた大木からアドニスを守ったのもこの魔法である。
光の精霊を召喚するよりも難易度は高く、シェイルは今まで成功したことがない。
だが、少女は母の目を見て強くうなずいた。
(今のあたしなら、できる気がする!)
二人は並んで立つと、前方に両手を突き出す。
「『風の乙女シルフよ、来たり集いて盾となれ!』」
響き渡る精霊語の呪文。
にわかに吹き抜けた風が手の先に集約し――
そして翡翠色に輝く風の盾となった。
「できた……!」
この短期間で、シェイルの精霊使いとしての腕は確実に上がっている。
それは、命のやり取りから得た経験なのか、あるいはもう一つの魂の力なのか。
(ディアドラのおかげだったら悲しいな……)
シェイルは、思わず眉間にしわを寄せた。
「見事よ、シェイル! さあ、みんな! 私たちの傍に!」
その言葉に、レオン、ナイジェル、長老の三人はシェイルとマチルダの後ろに集まる。
それと同時にゴブリンは矢を放った。
「私が前を防ぐ! シェイルは上をお願い!」
「うんっ!」
シェイルが突き出した手を上に向けると、前方の輝く盾も上へと移動した。
「来るわよ!」
百を超える矢。
それは嵐のような音を立てて一同に襲い掛かる。
だが、輝く風の盾の前に、全てあらぬ方向へと吹き飛ばされた。
「ククク……そうでなくてはな」
冷やかに笑うレスタト。
おそらく、同じく精霊を行使する者として、こうなることを予見していたのだろう。
ゴブリンは弓を投げ捨てると足元を探った。
そこには錆びた剣や武骨な棍棒が転がっていた。
「……用意周到なことね」
武器を拾い上げたゴブリンたちは、よだれを撒き散らして狂気の声をあげる。
「白兵戦になるぞ!」
レオンの鋭い声が、辺りに響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます