第二十三話「拳闘士レオン」

「白兵戦になるぞ!」


 その言葉に、皆は一斉に武器を構えた。

 レオンは長剣、ナイジェルは短剣、長老は魔術師の杖、マチルダは風の盾ウインド・シールドを解除し小剣を。


 そしてシェイルは……


「……ちょっと待て、なぜお前だけ丸腰なんだ?」

「あ……はは……折れちゃったから……」 


 愕然とする父を前に、シェイルは気まずそうに頬をかく。


「で、でも、あたしには精霊魔法があるから……」

「今のお前では、すぐに精神力が足りなくなって何もできなくなるだけだ」

「う……」


 眉間にしわを寄せる父に、思わず言葉に詰まる。

 レオンはため息をつくと、自分の長剣を差し出した。


「これを使え」

「え……お父さんの武器は?」

「大丈夫だ、問題はない!」

「で、でも!」

「まあ、見てろ!」


 そう言うと、レオンは突撃してくるゴブリンの大群に雄たけびをあげて飛び込んでゆく。


 一体のゴブリンが、丸腰のレオンを前に黄色い歯をむき出して笑った。

 その手の棍棒が空高く振り上げられる。


「お父さんっ!!」


 だが、棍棒は振り下ろされることはなかった。


 懐に入ったレオンは、肩口に構えた左拳を素早く打ち出す。

 真っ直ぐに打ち出された拳は、的確にあごの先端を貫いた。


「グゲ……」


 小さな脳を激しく揺らされたゴブリンは、ゆっくりと前のめりに倒れていった。


「キシャーーーーッ!!」


 仲間を倒されたことに激高した別のゴブリンが、短剣を片手にレオンに襲い掛かる。

 短剣による、顔面を狙った突き。


 刃がレオンに突き刺さる――


 その瞬間、レオンは素早く体を倒してそれを避けた。

 と、同時に伸ばされたゴブリンの腕に自分の腕をかぶせながら拳を繰り出す。

 交差された腕と腕は十字を描き、繰り出した拳はゴブリンの顔面を捉えた。


「はっ!!」


 そのまま一気に振り抜く。

 ゴブリンは、折れた歯を撒き散らしながら、数メートル吹き飛んでいった。


 わずかの間に二体のゴブリンが戦闘不能となる。


「すごい……」


 唖然とするシェイルの背中に、マチルダが優しく手を当てた。


「お父さんは、拳闘士だったこともあるのよ」


 拳闘士、それは己の拳を武器とし戦う者のことだ。

 レオンは巧みな足さばきで相手に近付くと、力の乗った拳を的確に当ててゆく。


 次々と倒されてゆくゴブリンを前に、ナイジェルが興奮した声をあげる。


「おおお、私も負けていられません!」


 ナイジェルは、手にした短剣をゴブリンに投げつけた。

 風を切って飛ぶ短剣は、ゴブリンの喉元に刺さると同時に激しい爆発を起こした。

 周囲のゴブリンたちもその爆発に巻き込まれ、吹き飛ばされて動かなくなる。


「冒険者時代に作った爆ぜる短剣エクスプロードダガーです! 古いものですが……まだ正常に機能してくれて良かった」

「よし、一気に行くぞ!」


 レオンとナイジェルが先陣を切り、その後にマチルダとシェイルが続く。

 長老は距離を取って四人を魔法で援護し、村に侵入しようとするゴブリンは〈光の矢エネルギー・ボルト〉の魔法で撃退していた。






「シッ!」


 短く息を吐き出しながら拳を繰り出す。

 十八体目のゴブリンを倒したレオンは、次の行動に備えて距離を取った。


 同じように距離を取ったナイジェルと背中合わせになる。


「おや、レオンさん。見てください、シェイルちゃんを。なかなかやりますよ! あれでもう五体目です!」


 背中越しに促され、向けた視線の先では、シェイルがちょうど五体目のゴブリンを倒すところだった。


「うかうかしていると追い抜かれちゃいますよ?」

「言ってろ」


 ナイジェルは肩をすくめると、新たなゴブリンに向かって走り出した。


(しかし、シェイルと共闘する日が来るとはな……)


 思わず感慨深いものが込み上げたレオンは、誰にも気付かれないようそっと微笑んだ。


「……が、だからといって、冒険者になることを認めたわけではないがな!」


 つぶやきながら、飛びかかってきたゴブリンを打ち下ろしの右拳チョッピングライトで叩き落とした。






 それから程なくして、ゴブリンの大群は片手で数えられるほどに減っていた。

 残っているゴブリンたちは逃げ惑うのみで、明らかに戦意を喪失している。


「まだやる? あなたの自慢の部下たちは、もう戦う気力はないみたいよ!」


 息を整えたシェイルは、レスタトに向かって精一杯声を張った。

 疲労を悟られないようにするためだ。


 ゴブリンは、個々の力は決して強くはない。

 だが、大群となると、やはり体力や精神力の消耗は激しい。

 今回のように乱戦ともなると、なおさらだった。


 実力の差があったとはいえ、レオンたちも疲弊しているはずだ。

 皆の頬を伝う汗は、大地に落ちて黒い染みを作っている。

 しかし、疲弊の色などおくびにも出さず、遠くのレスタトを睨みつけていた。


風の声ウインド・ボイス〉に運ばれ聞こえてくるのは、悔しがるレスタトの恨みの声。

 ここにいる誰もが、そう思っていた。


「クククク……」


 しかし、聞こえてきたのは、冷たく醒めた笑い声だった。


 愕然とする一同。


「な、何がおかしいの!?」

「いや……あまりにも計画通りなものでな」


 レスタトはアバレールと共に再び笑う。


「隠してるつもりだろうがな、てめぇらが消耗してるのはここからでも良くわかるんだぜ!」

「だったら何だというんだ! 連戦になろうとも、この五人ならお前たちに遅れは取らんぞ!」


 アバレールの言葉に、声を荒げるレオン。

 レスタトは鼻を鳴らした。


「貴様らの相手をするのは我々ではない」


 そう言うと、両手を空に向かって突き上げた。銀の髪が逆立ち始める。


「大地を揺るがす者、孤絶せし石巌の王よ! 古の盟約に基づき我に従え! 愚か者どもに制裁を与えよ!!」


 その瞬間――


 ゴゴゴゴゴ……


 という地鳴りが響き渡り、続いて地面が激しく揺れ始めた。

 その激しさは、まともに立っていられないほどだ。

 野鳥が一斉に空へと逃げ出してゆく。


「な、何が起こってるの!?」

「あ、あ、あ、あれを見てください!」


 狼狽するナイジェルが指し示す、正面に見える一際高い山。

 それは、シェイルの初めての冒険の場となった遺跡がある山だった。


 山は、五人の目の前で轟音と共に崩れてゆく。

 舞い上がる土埃は空を覆って陽射しを遮り、辺りは不意に薄暗くなる。

 その光景に、えも言われぬ不安を覚え、シェイルは胸に掌を当てた。


 固唾を呑んで見守る中、土埃の中に赤い光が輝き、それは空に、そして大地に向かって幾度も走る。


「何なの、あれ……」


 そのとき、上空に強い風が吹き起こった。

 風は、空を覆う土埃を吹き飛ばしてゆく。


 視界を遮るものがなくなり、それが姿を現す。

 そして一同は愕然とするのだった。

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