騎士の子どもと肖像画の秘密
俺の親父は立派な人間だ。
王様に仕えていた騎士だった。勇敢で果敢で仲間想いで、人望が厚く誰からも信頼されている強い騎士。俺は親父を誇りに思い、大きな背中を見て育ってきた。大人になったら親父みたいになるのが夢だ。今もそれは変わらない。変わるはずがない。
例え、絵の中の親父であっても。
俺の親父は二人いる。絵画の騎士の親父と漁村に住んでいる親父だ。誤解のないように言っておくが、二人とも同一人物だ。
俺が産まれる前、親父は騎士だった。村の大人たちに「お前の親父さんは英雄だ」「この国を救ってくれた」と何度も話された。親父は自分からは決して語らず、日々、漁をこなしている。物置小屋で騎士の肖像画を見つけるまで、事実だったとは信じられなかった。
一度、村の皆に尋ねたことがある。
どうして俺の親父は立派な騎士だったのに、漁師をやっているのかと。大人たちは顔を見合わせた。子どもに何て説明していいのかわからないとき、あいつらはあんな顔をする。子どもには話してはいけないことを、大人たちはたくさん持っている。
一人の大人が口を開いた。
「それは、お前のお母さんがお城にいるからだ」
初耳だった。親父は母親の話をしない。
俺が産まれる前に別れて、今はどこかで働いているとしか教えてくれなかった。
「お前がまだお腹にいるときだ。王様はお母さんをお城に呼んだんだ。お前を産んだあとお城に行って、親父さんは騎士を辞めたんだ」
「どうしてそれが、騎士を辞める理由になるんだよ」
そこで大人は言葉を濁した。
「……王様はお母さんを、何番目かの大切な人にしたんだ」
「大切な人?」
「と、ともかくも、お母さんは戻ってこないのは知っているだろう。お前のお母さんと親父さんは一緒になれないんだよ」
大人たちはそれきり教えてくれなかった。
理由はわからないが、俺の母親だった人はお城で働いているらしい。喧嘩別れしたのか知らないが、親父に会うことはないそうだ。
お城で働くということは使用人だろうか。
お城の使用人は給料が高いと聞く。もったいない人を逃がして、その上、騎士まで辞めるなんて。親父には欲がないと思っただけで、それ以上、母親について詮索することはなかった。
俺は文字の読み書きができる。
親父が一通り教えてくれた。村の子どもの中で、読み書きができるのが自慢でもあった。
親父は読書好きで時間があれば読んでいた。
子ども向けの易しいものや小難しいものと種類は豊富だ。時折、村人が借りに来ていた。
俺の関心は本ではなく外で遊ぶほうにあったけれど、読めるのなら読めと押しつけられることもあった。
四苦八苦しながら読み終え、返しに行ったときだ。出かけたのか、親父は部屋にいなかった。
背の高い本棚に本を戻そうとした。悔しいことに俺の身長が足りなかったらしい。手から本が滑り落ち、他の本も巻き込んで何冊か落としてしまった。慌てて拾い集めていると、一冊だけ妙に軽い本を見つけた。
表紙を開いてみると、中は空洞になっていた。どうやら、本の形をした入れ物らしい。紙切れ一枚と銀色の小さな鍵がある。特別な秘密の匂いがした。
見ていいのか躊躇ったが、好奇心にあっさり負けた。いかにも宝の地図が描かれていそうじゃないか。子どもに隠したってそうはいかない。笑みを抑えながら紙切れを開いた。
だが、俺の予想は外れた。宝の地図なんてなかった。
癖のない手本のような文字は、間違いなく親父の字だった。
紙切れには一言だけ。
「守れなかった君に捧ぐ」
誰かへの伝言がそこにあった。
目を凝らして見てみたが、それだけしかない。宛名もない。何が言いたいのかさっぱりだ。
紙切れの意味をあれこれ考えるのにも飽きてしまい、俺の興味は銀色の鍵に移った。鍵があるということは、鍵穴があるということだ。
親父の質素な部屋をくまなく探したが、それらしきものは見つからない。ここでないのなら、どこにあるのだろう。
悪戯好きの頭はこういうときだけよく冴える。
親父の秘密といえば、騎士だ。
俺に教えてくれない過去に関わるものなら、騎士の肖像画が隠されていた物置小屋にあるかも知れない。わかったのなら行動あるのみ。
すぐさま本を片づけ、鍵をポケットにねじ込んで物置小屋へと向かった。
村の物置小屋は色んな道具で溢れ返っている。漁に使う網やうけや釣り竿など、使えるものから使えなくなったものまで詰め込められていた。物をどかし、床の木目や壁の穴まで徹底的に探したのに鍵穴はどこにも見当たらなかった。
どのくらい時間が立ったのだろう。
諦めようかと思ったとき、騎士の肖像画が気になった。そういえば、あの絵をまだ調べていない。ぼろ布に包まれ、無造作に置いてあるそれに近づく。
親父も上手い隠し場所を見つけたものだ。
この小屋に何度も来ているのに、肖像画にはなかなか気づかなかった。見つけたときは心底驚いた。
ぼろ布をめくれば、勇ましい騎士がいた。
額縁に嵌められていない剥き出しのキャンバスに、馬に跨がり、甲冑を纏い、剣を高く振り上げた親父がいる。
有名な騎士なら、武勇伝のひとつやふたつぐらいあるはずだ。それなのに、親父は話してくれない。過去を頑なに隠そうとする。俺は息子として、たくさん聞きたかった。
絵を眺めていると奇妙なことに気づいた。壁に立てかけられているキャンバスが、前に出ているような気がするのだ。まさかと思い裏を覗き込んでみると、長方形の箱が同じように立てかけられていた。絵に気を取られて今までわからなかった。
木製の長方形の箱には銀の錠前がついている。銀色の小さな鍵を試しに挿しこんでみれば、ぴったりはまった。焦る気持ちを抑え、箱に手をかける。
箱には、一振りの剣が納められていた。
絵の中の剣だ。
円形の柄頭には王国の紋章が刻まれ、柄から鍔にかけて金の装飾が施されている。深緑の鞘に国を象徴する動物が彩られていた。
騎士が振り上げていた剣が俺の目の前にある。
間違いない、本物だ。心臓が高鳴った。汗ばんだ手で、おそるおそる剣を引き抜く。
見間違えたのかと思った。
もう一度、確かめてみる。
だが、ない。
鞘を覗くがない。ないものはないのだ。
そう、親父の剣には刀身が存在していなかったのだ。
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