第53話「誰もが通る道①」

「えええっ!?」


「そこまで驚く事じゃないだろ?」


「だ、だってえ!」


 朝食後の、俺とジョアンナの会話。

 俺が「今日は学校には行かない」と告げたら、甘えん坊のジョアンナがほっぺたをふくらませ、ひどく難色を示したのだ。


「前にも言っただろ? 俺には他にいろいろ仕事がある。忙しいんだ。毎日学校には行かないぞ」


「ぶ~!」


「こらこら、ぶ~たれてもダメだ。マチルドさんは一緒に行ってくれるじゃないか」


「そうですけどお!」


「ジョアンナも今日は忙しいだろ?」


「ええ、すっごく忙しいですよお! 午前中は学校で、給食食べて、帰ってきたら、午後は畑仕事をします。でもでもぉ! ジョアンナは、ケン様が居ないと頑張れないですう」


「俺はジョアンナのスケジュールを考え、立てている。だから、いつどこで、お前が何をしてるか分かってるから、大丈夫だ」


 と、俺は言ったが、ジョアンナは喜びながらも、反論する。


「それは凄く嬉しいですけどお、全然大丈夫じゃないですよお!」


「いや、もしも俺がその場に居なくても、頑張らないといけないぞ」


「え~! ジョアンナ、ケン様が居ないと、頑張るなんて絶対無理です!」


 ジョアンナは、食い下がる。

 諦める気配がない。

 落としどころは……


「そうか……じゃあ今回だけだぞ。学校は無理だけど、午後は俺も畑へ行こう」


 俺が妥協すると……

 ジョアンナは、やっと聞き分けてくれた。


「やったあ~! じゃあ! 学校、行ってきま~す! ケン様の為に頑張りま~す!」


 ジョアンナは、大喜び。

 タバサ達、お子様軍団とともに、出撃して行った。

 マチルドさんも苦笑しながら、ついて行く。


 俺と一緒に見送りながら、話しかけて来たのはリゼットだ。


「うふふ、凄い甘えん坊さんですね、ジョアンナは。でも、あの子の境遇を考えると仕方がないですけど」


「だな! でもタバサ達が良くケアしてくれているし、アメリーちゃんとか、心を許せそうな友達も出来ているから、俺にべったりも徐々になくなるだろう」


「はい、そうですね! でも、いきなりジョアンナに冷たくしてはダメですよ」


「うん、充分注意するよ。あと、俺に考えがあってさ。ジョアンナには同じ貴族庶子のアンリと、そして明日お戻りになる予定のティターニア様とも話して貰おうと思う」


「旦那様、それ良い考えです。グレース姉やソフィ姉と話して、貴族の子という連帯感を持った事が、ジョアンナに心のゆとりを生み出していますから」


「ああ、グレースやソフィ、アンリもティターニア様も事情はそれぞれ違うから、解決や的確なアドバイスが出来るとは限らない。だが孤独な気持ちになった時、近い境遇の者がそっと寄り添ってくれれば、心が少しでも癒されると思うんだ」


「ええ、その通りですわ。あの子が人生を振り返った時、ボヌール村に来て良かったと思ってくれれば良いですね!」


 俺とリゼットはそんな話をしながら、遠ざかるジョアンナ達の背を、見守っていたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 午前、俺はクーガーと狩りに行き……

 猪、鹿、うさぎなどを仕留め、戻って来た。

 

 ちなみにお昼は、朝と同じ弁当。


 俺は同じメニューを連続で食べても飽きない人。

 クーガーもそう。


 という事で、午後遅めにクーガーとともに戻った俺。

 在宅の嫁ズに聞くと、ジョアンナとマチルドさんは、タッチの差で農地へ行ったとの事。

 今日の農作業の指導担当は、リゼットとクッカのコンビ。

 タバサ達愛娘軍団もジョアンナに同行しているようだ。


 俺は、ひと休みして農地へ……


「わ~いっ! ケン様あ~~!!」


 作業中の、ジョアンナが嬉しそうに俺に向かって手を振った。

 今日の作業は、実った作物数種の収穫。


 俺も手を振って応える。


 ん?

 ジョアンナの奴、持っているかごの中に、大きなトマトが入っていて、えらく明るい表情だ。

 まだ……

 『洗礼』は受けていないようだけど。


 俺は念話で、タバサへ尋ねる。


『お~い、タバサ、お疲れさん』


 タバサも俺に気付いていて、大きく手を打ち振った。


『お疲れ、パパ!』


『おい、例の奴、まだ出てないのか?』


『あはは、出てないよ。そろそろじゃない?』


『おいおい、そろそろって、説明出来るサンプルは居なかったのか?』 


『うん、探したけど居なかった。この後は草むしりだから、あっちはその時だね』


『大丈夫か?』


『うん! ジョアンナには再度念押ししたからね。ま、しょうがないんじゃない』


『はは、しょうがない……か』


『うふふ、誰もが通る道だからね。私、そこだけはママに似ないで良かった! 見ても全然平気だからねぇ!』


 俺とタバサが一体何を話しているのか……

 それは、


「ぎゃああああああ、ケン様ああああ!!!」


 ジョアンナが、いきなり大きな声で悲鳴をあげた。


 そう、以前前振りされた通り……

 畑仕事にはつきものの、女子の天敵……

 ジョアンナの目の前には、かつてタバサの母クッカも悲鳴をあげた、

『毛虫』がひょっこり姿を現していたのである。

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