第54話「誰もが通る道②」

「ううううう……ケン様あああ……」


 いくら念押ししても、前振りしてもダメだった。

 まあ、口でいくら言っても具体的なイメージが湧かなかったのだろう……


 予想通り『毛虫』の出現は、王都育ちのジョアンナにとって大ショックだった。

 半べそ状態となったジョアンナの収穫作業は一旦中止となる。


 しかし、ジョアンナがリタイアしても、作業をやめるわけにはいかない。


 引き続き、リゼットとクッカ、タバサ達愛娘軍団、気を利かせたらしいマチルドさん、そして村の子供達が収穫作業するのを……

 畑から少し離れた場所で、俺とジョアンナは座って見守っていた。


 ジョアンナは完全に怯え、俺にぴったりくっついている。

 手も「ぎゅぎゅぎゅっ」といつもより強く握っていた。


「おいおい、大丈夫か、ジョアンナ」


「ううう、ケン様あ……私、畑で働くの、もう無理みたいですう……」


 村民でも生理的に毛虫が苦手な者は、何人か居る。


 昔の農業オンリーのボヌール村なら、そんなわがままは許されない。

 虫でもミミズでも我慢して、克服し、ひたすら畑で農作業をするしかない。

 他の仕事といえば、せいぜい畜産をするぐらいだった。


 だが、今のボヌール村は職業選択の余地がある。

 収入を得る手段が、農業一辺倒から変わりつつあるからだ。

 農業も作るだけでなく、ハーブティー、ピクルス製造などの加工業も。

 釣って来た鱒を、燻製等にした加工商品も好評だ。


 そして職人でも商人でも、目指す事が可能となったし、エモシオンのアンテナショップ等で働く選択肢もある。


 まだ半べそ状態のジョアンナを、俺は慰める。


「そうか。どうしても毛虫が嫌で無理ならば、他の仕事をして貰うから大丈夫だよ」


「ううう、あの気持ち悪いの……何なんですかあ……」


「おう、毛虫だ。毛虫の全部が全部そうじゃないけど……あれだ」


「え? あ、あれ!?」


 俺が指さし、ジョアンナが驚き戸惑ったもの……

 それは、白、黄、青など、畑のあちこちで、可愛く遊ぶように舞い飛ぶ蝶達である。


「えええ!? ち、ち、蝶々ちょうちょ? け、毛虫がああ!?」


「ああ、毛虫は蝶や蛾、虫の幼虫なんだ」


「よ、幼虫って、な、何ですか!?」


 驚きながらも……

 ジョアンナは、俺に対し、必死に尋ねて来る。

 ははは、可愛いな。


「ジョアンナ、分かりやすく言えば、虫は、子供と大人では姿が違う。形を変えるんだ。バッタとかカマキリとか、同じような姿をしている奴も居るから全部じゃないけどな」


「そ、そうなんですか」


「蝶で言えば、卵、幼虫の毛虫、さなぎと姿を変え、蝶になる」


「…………」


「俺達人間も、毛虫から蝶のように姿を変える」


「え? 人間もですか?」


「ああ、子供から大人へだ。俺も昔はレオやイーサンみたいな男の子だった。今は大人の男だもの」


「じゃ、じゃあ! ジョアンナも姉達ねえたちみたいに大人になれるの!? 綺麗になれるのかしら?」


「ははは、ジョアンナは可愛いし、綺麗だよ。アマンダみたいに種族が違う姿にはならないが、クッカやクーガー、ミシェル、ベアーテみたいに金髪で青い瞳をした大人の女性になるぞ」


「ほ、本当!?」


 と、いうところで噂をすれば影。

 クッカが、こちらへやって来た。

 にこにこ笑ってる。


「ジョアンナ、大丈夫?」


「ク、クッカ姉……」


 かすれた声で応えるジョアンナ。

 柔らかな眼差しのクッカは、昔の記憶をたぐっているようだ。


「私も毛虫……大の苦手だったのよ。ハーブを育てる為に、何とか大丈夫になったけど」


「そ、そうなんですか」


「ええ、旦那様は良く知ってるわ、毛虫を見てぎゃあぎゃあ言ってた昔の私を」


「クッカ姉も? ぎゃあぎゃあ?」 


「ええ、ぎゃあぎゃあ言ってたわ。それに安心して、ジョアンナ。女子で毛虫が平気でも、大好きって人は中々居ないわよ」


 クッカの言葉を聞き、勇気づけられたジョアンナの瞳に力が戻って行く。


「わお! 私、安心しました! そして、悔しいから、再挑戦します!」


「うふふ、じゃあ行こうか! 毛虫が出ても怖くないように、私が手を握っていてあげる!」


「本当ですか! 嬉しい! じゃあ、ケン様、ジョアンナ、行きま~す!」


「おう、俺も少し経ったら行くぞ」


「はいっ!」


 こうして……

 復活したジョアンナは、クッカと手をつなぎ、畑へ戻って行った。


 しばし経って俺も収穫作業に参加。

 ジョアンナは、少し引き気味だが、何とか毛虫を克服したようである。


 しかし、お約束というか……その後……


「ぎゃああああああ!!! タ、タ、タバサ姉ええ!! こ、こ、こ、今度は!? な、な、何これえええ!?」


「うふふ、ミミズだよ~ん」


 収穫作業が終わり……

 再びペアとなったジョアンナとタバサ。

 草むしりをし、土を掘り起こしたふたりの前に現れたのは……

 大量の『ミミズ』だったのである。

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