第50話「行ってきまあす!」
ジョアンナの子守り初挑戦は上手く行かなかった。
グレースの子、反抗期真っただ中、2歳のベルティーユにコミュニケーションを拒絶されてしまったからだ。
ここで「はいっ!」と手を挙げ、フォローしたのはタバサである。
妹のベルティーユを呼ぶ。
「ベル!」
タバサから呼ばれたベルティーユは「大好きな一番上のお姉さん」を見て、ホッとし、助けを求める。
「わあ! タバサおねぃちゃん! しらないおねぃちゃんがあああ!」
「こらこら。ベルちゃんは、知らなくないよぉ。このジョアンナお姉ちゃんには、昨日の晩に会ってるよぉ」
タバサの言葉を聞いたベルティーユは驚き、可愛い声を上げる。
「あいい!? このおねぃちゃん、ベルがあってるの?」
ここですかさず、グレースがフォロー。
「そうよ、ベル。このお姉ちゃんと、夜に一緒にごはん食べたでしょ?」
「ママ!? このおねぃちゃん? ベルとごはん? いっしょ?」
「うふふ、そうよ。ベルが嫌いなニンジン、このお姉ちゃんが、代わりに食べてくれたでしょ?」
……ああ、そんな事があった。
そう、グレースの言う通りベルティーユは、ニンジンが大の苦手。
……昨夜、歓迎会の時、ジョアンナが席を移動し、ベルティーユと一緒に座るグレースの下へ挨拶に行った際の事。
ベルティーユは、ニンジンを食べたくないと「むずった」のである。
グレースは基本はとても優しい母だ。
しかし我が子の好き嫌いには厳しい。
新参のジョアンナの前だから尚更だったのだろう。
「ダメ、食べなさい」と諭した。
反抗期のベルティーユは、大好きな母に大声で逆らった。
我が家では良くある事。
なので、周囲は皆、スルーである。
だが、ジョアンナは、子供心に同情。
ベルティーユが可哀そうだと思ったのであろう。
笑顔で「ニンジン、私が食べてあげるね」と言い、パクっと口へ入れたのだ。
ジョアンナの『優しさ』も理解出来るので、その時グレースは怒れず、仕方なく許容したのである。
その後、ベルティーユはすぐ「おねむ」となってしまい、ジョアンナへの記憶が曖昧になってしまった。
「ああ~っ!! ニンジンのおねぃちゃん!!」
母に言われ、記憶が鮮明に甦り……
大声を出し、恩人?のジョアンナを指さすベルティーユ。
これで国交回復どころか、超が付くV字回復。
ベルティーユは一転、大好きなジョアンナにべったりとなってしまった。
一方、ジョアンナは絶体絶命の
グレースも同郷で薄幸のジョアンナにシンパシーを感じていたらしく……
ふたりは一気に距離が縮まり、仲良くなってしまったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
子守りが終わり……
次は、夕食作りの手伝い。
タバサが「先に行くね!」と厨房へ入って行く。
台風一過と、いうくらい、べそをかいていたジョアンナの表情は晴れやかである。
「ケン様! グレース姉から誘われました」
「へえ、そりゃ、良かったな」
「はい! 凄く嬉しいです。夕食後、ベルちゃんを寝かしつけたら、部屋で少し話さないかって、ソフィ姉も入れて3人きりで!」
成る程。
ジョアンナとグレースは王都生まれの同郷で、更に貴族の血をひく女子。
そこへ元貴族令嬢のソフィも加わり、3人で仲良く語り合うって事だ。
先ほど、俺に対し、グレースから提案があったのだ。
貴族家出身同士という立場で話せば、ジョアンナの心にまた違う連帯感が生まれ、
今後生きて行く支えになると。
俺は同意し、即座に快諾した。
グレースとソフィがカミングアウトしたら、ジョアンナは、びっくりするに違いない。
俺の妻の中に、自分と同じ貴族の血をひく者が居るのだから。
礼儀正しいジョアンナは、このような事でも、いちいち俺に伺いを立てて来る。
「ケン様! グレース姉、ソフィ姉とお話しして宜しいでしょうか?」
「全然構わないよ。というか、家族全員と、どんどん仲良くなれ」
「は、はい! 仲良くなります」
「但し、俺が秘密にしている事同様、グレースもソフィも秘密がある。実は内緒だと言われたら、絶対に守ってくれ。俺と約束したように」
「わ、分かりました!」
念押ししたのは、俺のカミングアウトと同じ理由。
グレースは今は廃された貴族家ドラポールの出身。
内々でレイモン様の了解は貰っているし、今更どうこう言う人は居ないと思うが、こちらからリークして良い話題ではない。
ソフィも同じ。
現オベール男爵家の令嬢で、ドラポール伯爵家へ移送中、王都にてさらわれ、表向きは現在も行方不明という過去を……
何も差しさわりがないとしっかり確認した上、実は無事に暮らしている事実をオープンにするのはこれからなのだ。
「ジョアンナ、早く厨房へ来てぇ」
俺とジョアンナの話が長くなり……
焦れたタバサが厨房の入り口から顔を出し、こちらを見ている。
「あはは、いよいよ、ジョアンナの料理デビューか。頑張っといで。俺は引き続き、子守りをしているから」
「はいっ! 今度はケン様と一緒に料理を作りたいです」
「ああ、楽しみだ。でも焦るなよ。最初は地味な作業からだ。後、怪我にも注意。皆の言う事を良く聞くんだ」
「はいっ! ケン様、行ってきまあす!」
ぺこりと一礼して、小走りにタバサの下へ。
すっかり仲良くなったふたりは、微笑み合いながら、厨房へ消えたのである。
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