第33話「ぜひ挑戦してください!」
サプライズランチともいえるとびきりのハーブ料理を作り、ボヌール村の暮らしを語ってくれたアマンダとベアーテ……
ふたりは転移魔法を使い、ボヌール村へ帰って行った。
新たな家族となるジョアンナとマチルドさんへ、
「ボヌール村へ来るのを楽しみに、心よりお待ちしています」と、いう歓迎の言葉を残して。
そんな余韻が残っている最中……
キングスレー商会チャーターの馬車が『隠れ家』へ迎えにやって来た。
約束の時間、午後5時少し前に。
ホテルセントヘレナへ戻る為、馬車へ乗り込んだジョアンナは、相変わらず甘えん坊全開。
俺とつないだ手を「ぎゅぎゅぎゅ!」と握っていた。
閉め切った車内で声が外には漏れないし、居るのは身内だけだから問題ない。
ジョアンナはそう考えたのか、無邪気な表情で尋ねて来る。
「ケン様、ジョアンナは思うのですが」
「何をだい?」
「はい、ホテルへ戻るのも、転移魔法をお使いになれば便利ですのに」
「ははは、ジョアンナの言う通り、確かに便利だな。まあ急いでとか、理由がある場合は使う場合もあるぞ」
「じゃあ、今回はそうじゃないとおっしゃるのですか?」
「ああ、そもそも転移魔法は亜空間を跳び、遠くへ行ける魔法だろ。時間も距離も関係なくなる」
「そうですね」
「そういうのって、転移魔法を知らない人から見れば、変だと思われる」
「変だと思われる?」
「ああ、これから戻るホテルで言えば、預けてある鍵をホテルのフロントから受け取り、部屋へ入る。そういう手続きをしないのに俺達がいきなりホテルの部屋へ居たら……どう思われる?」
「あ! そうですね! 変です、不自然です、それ!」
「だろ? という事で、今後俺を含め、ユウキ家の家族が使う高位魔法の中にはとんでもないものがたくさんある」
「わお! 凄いっ! ジョアンナは、わくわくしますっ!」
「ははは、わくわくくらいは構わない。だが、発動の際は俺を始め、術者の説明を良く聞き、落ち着いて、また家族以外にはやたらにしゃべらず、秘密を守る、それらを心がけてほしいんだ」
「ケン様! 分かりましたっ!」
ホテルへひた走る馬車の中で、元気に頷くジョアンナ。
俺の手を握りながら、目を輝かせて頷く彼女を、お付きのマチルドさんは嬉しそうに見守っていたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
アマンダとベアーテは、ボヌール村の暮らしの様子、家族間、村のルールを時間が許す限り、ジョアンナとマチルドさんへ話してくれていた。
正直、暮らしはつつましく、自然が相手であり、過酷で厳しい。
王都のように便利な暮らしではない。
一歩村外へ出れば、凶悪な人間の賊、危険な魔物、肉食獣などが居る。
自分の事は自分で行い、支え合い助け合って生きる暮らし。
そんな話の効果は早速、ジョアンナに表れた。
身の回りの世話を、マチルドさんに助けて貰う事からの脱却である。
帰って来た俺達は、夕食前に風呂へ入る事に。
「マチルド、私、ひとりでお風呂へ入ります」
「まあまあ、お嬢様。とても前向きでいらっしゃいますね!」
「私は決めたのです! 自分の事は自分でやります! 婚約者のケン様に嫌われたくないですから!」
「ほほほ、気を付けて、お入りください」
マチルドさんは、大人ぶる8歳のジョアンナが、可愛くて仕方がないようだ。
と、いうことで、ジョアンナが、そしてレオとイーサンもそれぞれ別の部屋の風呂へ入ると……
気が緩んだジャンは、ひと休みで午睡。
笑顔のマチルドさんが……
「ケン様、少しお話が……宜しいでしょうか?」
「構わないですよ」
という事で、俺と別室へ。
この前と同じで、ジョアンナ絡みの内緒話なんだろう。
部屋の応接長椅子に座った俺とマチルドさん。
彼女は開口一番、
「ケン様! ありがとうございます! ジョアンナお嬢様は、心の底から貴方様を信頼し、愛していらっしゃいます」
「ええ、素直に嬉しいですよ」
マチルドさんの言葉に対し、俺はそう言うしかない。
「ケン様に巡り合え、婚約者にして頂き、ジョアンナお嬢様は本当に本当に! 幸せです!」
と言い、立ち上がって深く頭を下げた。
「いえいえ、そんな、お座りください」
と俺は言葉を返し、改めて会話が始まる。
まず俺は、ジョアンナへ告げた決意を告げる。
「マチルドさん」
「は、はい」
「俺はジョアンナが大好きです。とても可愛い女子だと思っています。まずそれを認識して貰えますか?」
「は、はい?」
「しかし、8年後。ジョアンナが16歳になった時、もしも好きな相手が居たら、俺は婚約を解消し、きっぱり身を引きます。いえ、それまでに好きな相手が出来ても同じです」
「そ、それは! どのような意味でしょうか?」
「言葉通りです。ジョアンナにも言いましたが、8年後に俺は35歳のおじさんです。16歳のジョアンナには酷な相手だ」
「で、ですが……年齢は関係ないと、私は思います」
「いや、俺との婚約で、ジョアンナの人生を縛りたくない。もしも彼女に好きな相手が出来れば考慮すると思ってください」
「……分かりました。ケン様がジョアンナお嬢様を愛している上で、お嬢様の意思を尊重して頂いたと理解致します」
良かった!
マチルドさんは分かってくれた。
「ありがとうございます! ……では話を変えます。アマンダとベアーテからお聞きになったでしょうが、ボヌール村で落ち着いて生活すれば、ジョアンナの新たな将来の道も見えて来ると思います」
「お嬢様の? 新たな将来が見えて来る?」
「はい、村には学校があります。ウチの子達と一緒に通い、いろいろな勉強をする事で、ジョアンナにも夢が生まれ、将来への希望が湧いて来ますから」
「学校ですか! お嬢様が学校へ通えるなど、それこそ夢のようですわ」
「ははは、まあ学校といっても王都とは違い、小さな私塾みたいなものですけどね。でも領主のオベール様公認の学校であり、いろいろ援助もあります。ジョアンナは基礎学力を身につけ、社会常識も学べます」
「素晴らしいですね」
「ええ、その後は、またジョアンナが学びたい学問、習得したいスキルにより、対応して行けば良いと思います」
「成る程!」
「ジョアンナと良き友達になるであろう、同じ年齢のウチの子達も、夢を持って学んでいます」
「ゆ、夢を持って?」
「はい! いろいろありますが、例えばハーブ栽培を含む農業、魔法、商業、様々な職人になる為の修業等が可能です。ちなみにウチの一番上の娘タバサは、農業、魔法、服飾を学んでいますから」
ボヌール村で服飾を学べると知り、マチルドさんは驚く。
「え? 服飾!?」
「はい、そうです。俺の嫁のひとりクラリスは、服のデザイン、縫製、販売を行っています。彼女が作る服は、王都や各地で大人気です」
「す、凄い!」
「はい! そしてクラリスは絵も描きます。この絵は何と、レイモン様にお買い上げ頂いております」
「奥様のお描きになった絵を!? レイモン殿下が!?」
「はい、レイモン様の執務室にたくさん飾られていますよ」
「ひえ~、殿下のお部屋に!! す、凄いですね!! 何とも言いようがありませんが、将来への選択肢がいろいろあれば、お嬢様、お喜びになるでしょうね」
「ええ、それとマチルドさんもです」
「わ、私も!?」
「はい! 遠慮せず、どんどん挑戦すれば良いのですよ」
「む、無理ですよ! 私は年も年ですし……」
「ははは、年齢は関係ないですって。マチルドさん、何かご興味のあるものは?」
「ええっと、やはりお嬢様と同じくあの素晴らしいハーブ料理を学びたい、それと個人的には得意の染め物をお役に立てたい……というところでしょうか?」
「ハーブ料理、ぜひ、挑戦してください!」
「は、はい」
「ジョアンナと一緒に学んで頂いても構いません。染め物も、ぜひご披露してください、宜しくお願いします」
戸惑うマチルドさんへ、俺はきっぱりと言い切っていたのである。
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