第32話「耐性訓練」

「ううう、あああ」


 俺の胸に顔を突っ込み、泣きじゃくるジョアンナの背中を俺は「そっ」とさすってやる。


 さすりながら、俺はアマンダ、ベアーテを見た。

 「参った」という表情で、アマンダとベアーテは苦笑していた。

 ふたりは俺と同じ立場『大人』として、面倒を見るのに代償は不要だと、

8歳の幼いジョアンナを労わり、諭し、「やけになるな」と翻意を促した。


 だが、昨夜同様、ジョアンナは『本気』だった。

 彼女の決意は固く、やはり俺と結婚する気持ちは変わらなかったのだ。

 

 ジョアンナは聡明だから、こちらの言わんとする事はちゃんと理解している。

 その上で、自分の真意を吐露したのだ。


 レオとイーサンも、気圧されたように、泣きじゃくるジョアンナを見つめている。

 仕方ない。

 ジャンも仕方ないという感じで苦笑していた。


 結論……この場で、強引に結婚を否定するのは宜しくない。


 俺は考えた末、言葉を選びながら、改めて約束する。


「分かった。ジョアンナ、お前を俺の嫁として、ボヌール村へ連れて行こう。但し! お前はまだ8歳、8年後に16歳となり、大人として結婚出来るまで『婚約者』という形にするぞ」


「こ、婚約者? 大人として結婚出来るまで?」


「ああ、婚約者だ。8年後、結婚する約束を交わした相手という意味だ。分かったか?」


「ええ、分かったわ。将来を誓い合った婚約者ですね! ……嬉しい! 本当に嬉しい! ありがとう、ケン様!」 


 アマンダとベアーテが、反対する様子はない。

 俺は軽く息を吐き、言い放つ。


「よし ジョアンナ! この話は終わった! アマンダとベアーテ。レオとイーサン、ジャンも交え、これからの村での生活の事をいろいろ話せば良い」


 俺はそう言い、懐中魔導時計を見る。


「今は午後2時30分、馬車が迎えに来る5時まで、時間はまだたっぷりあるからな」


「はいっ! ケン様!」


「よし、ジョアンナ! 良い返事だ。……じゃあアマンダ、ベアーテ」


「はい!」

「はい!」


「レオ、イーサン、ジャン」


「はい!」

「はい!」

「ういっす!」


「ジョアンナとマチルドさんを、宜しく頼む。俺はちょっと席を外すから」


 俺はそう言い残し、隣室へ入った。

 各所へ、念話で連絡をする為だ。

 

 まずは、ボヌール村のリゼットへ……

 アマンダとベアーテを加えての『説得』が失敗。

 ジョアンナを『婚約者』として連れ帰る事。

 ふたりが入る部屋の手配も頼む。


 リゼットは想定内のようで、快く応じてくれた。

 

 そして、リゼットとの話が終わり、俺はもう1か所……

 王宮で執務中のレイモン様にも連絡を入れたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 大広間へ戻ると……

 

 ジョアンナはマチルドさんとともに、アマンダとベアーテ、レオとイーサン、ジャンと楽しく語らっていた。


 各所へ連絡を終えた俺も、混ざり、話にはますます花が咲く。

 俺がジョアンナへ教えたユウキ家の家族構成、ボヌール村の暮らし、オベール男爵家との関係、兼ね合い等を話し、マチルドさんも情報を共有する。


 後片付けもして……

 やがて、午後4時30分となった。


 まもなく迎えの馬車が来る。


 ここで、ジョアンナとマチルドさんには少し『練習』して貰う。

 練習とは、以前ふたりに伝えた通り、とんでもない高位為魔法を目の当たりにしても、驚き慌てふためき、大声を出さない為の練習である。


 アマンダとベアーテは支度をして、大広間の片隅に立った。


「じゃあ、ジョアンナ、マチルドさんも」

「私達、一足先に帰るわね」


「え? アマンダ様? ベアーテ様?」

「帰るとは一体? 一緒にお泊りになる為、ホテルへ行かれるのでは?」


「いいええ、私達ホテルには泊まりません。仕事が残っているから、ボヌール村へ帰るの」

「そう、転移魔法でね」


「転移?」

「魔法?」


「ええ、おふたりとも安心して、帰りは長旅をしなくても良いのよ」

「旦那様が転移魔法を行使し、あっという間に村の近くへ連れ帰ってくれるわ」


「え?」

「そ、それは!」


「一瞬にして亜空間を跳ぶの」

「目的地への到着は1分かからずにね。気が付いたら、着いたって感じよ」


「???」

「???」


 アマンダとベアーテが説明しても……

 ジョアンナとマチルドさんは、ぽかんとして、?マークを頭の上にいっぱい飛ばしている。


 仕方ない。

 論より証拠だ。


「では、帰ります」

「またね、ジョアンナ、マチルドさん」


 別れの言葉とともに、ベアーテが転移魔法を発動。

 すっと、アマンダとベアーテの姿が消え失せた。


「わおっ!!??」

「ひいいい!!??」


 ああ、やっぱり予想通り。

 ジョアンナとマチルドさん、凄くびっくりして大声をあげちゃった。


 これは転移含め、何回か高位魔法を使い、慣れて貰わないといかん。

 『耐性訓練』が必要だな。


 ふたりは……

 俺達の家族になるから。

 つまり『秘密』を共有する事になる。

  

 ジョアンナが目を大きく見開き、俺へ問う。


「ケン様! お、おふたりが、消えまし……た!?」


「大丈夫! 今頃はボヌール村のユウキ家へ帰っている」


「ボヌール村!? か、帰って? お、お帰りになって?」


「ああ、これが転移魔法さ。俺達は旅立ちの手続きをし、一旦王都の正門から外へ出て、村の近くへ跳ぶ。この魔法は俺も何度も使ってるし、危険はないよ」


 俺はそう言うが、不安になったのであろう。 


「ケン様あ!!」


 ジョアンナは俺の名を呼び、「ひしっ!」と抱きついたのである。

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