第50話「愛は宿命」

 明日は妖精の国アヴァロンの王オベロン様の下へ赴く。

 恒例の事前打ち合わせを行うが、クッカとタバサ、サキが来る前に、ロヴィーサが『特別な話』があると言い、先にやって来た。


「ケン様、改めて、これからもお世話になります。今後とも宜しくお願い致します」


 はきはきと、滑舌良く挨拶するロヴィーサ。

 出会った頃に比べたら、進境著しいと言えるだろう。


「おう、こちらこそ、宜しく。ロヴィーサは凄く成長したと思うよ。自信を持って良い。俺が保証する」


「うふふ。成長しましたか?」


「ああ、間違いなく成長したよ。俺や家族を支えてくれてありがとう。感謝しているよ」


「励みになるお言葉を頂きありがとうございます! ロヴィーサは頑張ります」


 励みになるお言葉を、か……

 言葉遣いは全く違うけど、ロヴィーサの話し方が、どことなく女神スオメタルに似ている気がする。


 俺はロヴィーサに、かつてスオメタルの新人研修を行った事を告げた。

 彼女はロヴィーサの『先輩』だと教えたのだ。


 そういえば、ロヴィーサは俺と話した後のスオメタルを捕まえて、いろいろと話していた。

 親友となったサキとはまた違う『パイセン』から何かを学ぼうとした前向きな姿勢に違いない。

 

 ちょっとだけ……聞いてみようか。


「ロヴィーサ」


「はい」


「スオメタルといろいろ話していたみたいだな。どうだった『先輩』は?」


「はい。『研修の先輩』としてケン様からお聞きしていた通り、とても素敵な方でした」


 とても素敵な方か……

 そういえば、スオメタルも初対面の印象からだいぶ変わった。

 冷たく、他人を寄せ付けない雰囲気があった。

 人は成長し、変わって行くというけれど、女神も人魔族も同じだな。


「そうか!」


 嬉しくなって同意すると、ロヴィーサは俺の心を読むが如く、言葉を戻して来る。


「はい! あの方は私と同じです」


「同じ?」


 は?

 鋭いな!

 と、一瞬思った俺だったが、同じの意味が全く違った。


「スオメタル様も……ケン様の事が大好きなのですよ」


 え?

 スオメタルが?

 俺の事を?

 大好き?

 

 大好きって?

 単なる好意とか、先輩以上の意味?

 どういう事だ?


「はあ? 大好きって? 何それ?」


「気づきませんか? あの方はケン様を愛していらっしゃいます。ほのかな、しかし深き愛情を感じました」


「ほのかだけど、深き愛情って……」


「うふふ、ケン様はいろいろな事にはとても鋭いし、気配りをされるのに……女子の恋心にはうといのですね。ヴァルヴァラ様に対してもそうだったのではないですか?」


 うっわ!

 ロヴィーサめ、鋭い。

 確かに俺はヴァルヴァラ様の恋心に全く気付かなかった。


 だけど……スオメタルは違うだろ?

 俺を頼れる先輩として、普通に慕っているくらいなんじゃ……


 いろいろと思ったが……とりあえず反論せず、

 俺はロヴィーサの話を聞く事に決めたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ロヴィーサは軽く息を吸い、話し始める。


「箱入りの私は、何も分からぬまま……父から追い出されるようにアヴァロンの入植地を出て……頼れる方がケン様しか居ない中、初めて地上に来た時はとても不安でした」


「…………………」


「生まれて初めて見た、太陽の光が降り注ぐ地上の光景は……広大で美しかった。でもホッとしたのもつかの間、大きな孤独を感じました……この広い世界で人魔族は、私ひとりだけ……すぐに怖くなってしまいました」


「…………………」


「ボヌール村へ来た時、大勢の方から注がれた、たくさんの視線が怖くなって、ついケン様にしがみついてしまいました」


「…………………」


「私をしっかりと受け止めてくれたケン様の胸は……広くて温かく、ホッとしました」


「…………………」


「……怖いけれど、ケン様がそばに居れば、私は何とかやっていける、そう思いました」


「…………………」


「……今や親しき友となった、いえ! 実の妹のようになったサキと引き合わせて頂き、私はもうひとつ素晴らしい拠り所を得ました」


「…………………」


「サキと支え合い、このボヌール村で暮らしていくうちに……秘書として世界各所を回るうちに、徐々に心に余裕が出て来て、周囲が見えるようになって来ました」


「…………………」


「周囲とは、単に風景だけではなく、人の心の動きです。優しい、厳しい等々、いろいろな感情です」


「…………………」


「そして遂に! 私は『愛』を知りました。様々な素晴らしい愛を! ……レイモン様にお伝えした通り、私にとって愛とは、互いに励まし合い、支え合い、慈しみ合い、感謝して生きて行くものなのです」


「…………………」


「ケン様は……私を励まし、支え、慈しんでくれます。そして今のお言葉で感謝して頂いているともはっきり分かりました」


「…………………」


「不可思議なものだと聞いた愛の感情も今では理解出来ます。ケン様に対して私が抱く不可思議な気持ちがあります……熱く切なく、時には寂しく哀しい……これが恋であり、愛なのだと感じております」


「…………………」


「サキから聞きました。……魔王アリス様は……今のベアーテ様は、元々は人間……亡国ガルドルドの王女ベアトリス様だったと……」


「…………………」


「ベアトリス様は、死して5千年の時を経て、ケン様と宿命の出会いをしました」


「…………………」


「そしてケン様はこう仰ったとサキからは聞きました。ベアーテ様と再会された事で巡り会うべき『想い人』全員が揃ったと……」


「…………………」


「そのお言葉だけは、全く違う……と、私は思います。ケン様が出会うべき相手……想い人はまだまだ居る。私もそのひとりだと確信しております」


「…………………」


「地の底、魔界で悪魔として生まれた私が、新たなる種族、人魔族として転生し、ケン様と巡り会った。そして互いに励まし合い、支え合い、慈しみ合い、感謝して生きて行く……」


「…………………」


「人魔族のパイオニアとして、ひたむきな愛を示し、一族を地上へ導きながら、ケン様と共に真摯しんしに生きて行く……それが私の宿命なのです」


 切々と語ったロヴィーサの話は、終わった……

 彼女の瞳は、いっぱいの涙で潤んでいる。


 単に慕うというだけではない。

 想像以上に、俺に対するロヴィーサの愛は深く熱かったのだ。


 見境がないと言われるだろう。


 しかし、ここまで一途に俺を頼り、想い、そして愛してくれる子を……

 絶対に見捨てるわけにいかない。


 俺は無言のまま、大きく両手を広げた。

 すると……

 初めてボヌール村へ来た時と同じように、ロヴィーサは俺の胸の中へ飛び込んで来たのである。

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