第33話「王都王宮へ②」

 俺は執務室の扉をノックし、呼びかける。


「レイモン様、おはようございます、ケンです」


 対して、待っていたらしく執務室からはすぐに返事があった。


「おお、ケンか。入ってくれ。奥様達も一緒にな」


「はい!」


 入室の許可が下り、俺は一個連隊を引き連れ、執務室へ入った。

 レイモン様はいつもの通りであった。


 50畳はあろうかという広い執務室の一番奥。


 壁には書架がずらりと並び、様々な本がぎっしり詰めこまれていた。

 書架の前に重厚な造りの大きな机が置かれ、レイモン様は同じデザインの椅子に深く腰を下ろしていた。

 机上にはうずたかく書類が積まれ……

 とんでもない速度でその書類に次々と文字を書き込み、処理している。


 机の傍らに豪奢ごうしゃなベッドが置かれているが、女子を引き込むとか変な意味ではない。

 レイモン様は亡き奥様ひとすじ。

 いくら勧められても再婚しない。

 また、王宮の綺麗どころにも目をくれない誠実な方なのである。


 寝室に移動する時間も惜しいくらい多忙なレイモン様は、短い睡眠を取っては執務、睡眠を取ってはまた執務。

 ……なのである。


 執務の殆どは書類の決裁。

 そんな事務的執務以外にもひっきりなしに王国の家臣が訪ねて来る。

 レイモン様は面倒見が良いので、家臣からの信頼が絶大。

 何かと頼られる。

 また数多のイベントの顔出し、挨拶も要請されている。


 週一回、俺達が頂いた時間にそういった家臣の訪問は一切断ってあると聞いている。

 とんでもなく緊急の場合を除いてという事で。


 また……

 執務室の一画には書架が置かれておらず。たくさんの絵が飾られていた。

 殆どが風景画であり、且つクラリスが描いたものでもある。

 やはりというか、ど真ん中に飾られた絵は、今は亡きレイモン様の奥様エリーゼ様の故郷エスポワール村の風景であった。

 これらの風景画を執務の合間に見て、心を癒しているとも仰っていたっけ……


「レイモン様」


「おう、何だい?」


「相変わらずお忙しそうですが……お身体の方はいかがですか?」


「おお、至って健康だ。絶好調と断言しても良い! ケンが来る度、毎回治癒魔法をかけて貰っているからな」


「それは何よりです。ではウチの新顔紹介の前、忘れないうちに魔法を行使します」


「おお、頼む」


 今回の話で不思議に思っていた方も居ると思う。

 魔法で『夢』という異界を創り、リモートワークが如く俺と首脳がそこで打合せをすれば効率的で良いのにと感じていたはずだ。


 そもそも夢は人間、妖精、アールヴ全種族が見る。

 人魔族だって見るとロヴィーサは言っていた。


 すなわち夢での会見は誰にでも有効である。

 時間も距離も超越し、様々な負担が軽く済む。

 打合せのタイミングも眠っている夜間だけ……良い事尽くし。

 こんなベストな方法があるのに何故直接会うのかと。


 加えて、既に4者首脳会議の実績もある。

 秘密もバッチリ守られ、心身も安全な伝達手段なのは実証済みなのに何故使わないのかと。


 敢えて語ってはいないが、俺は各国首脳とは、リアルに直接会見するのと、

 バーチャル的夢での会見を臨機応変に使い分けている。

 

 つまり夢での会見はゼロではない。

 頻度でいえば、直接の会見の方が圧倒的に多いけど。

 直接会って話した以外、足りない部分を補完したり、緊急の場合は夢での会見を使うのだ。

 

 実は……

 レイモン様に直接会う理由のひとつがこの治癒サービスである。

 他の首脳も勿論そうだが……

 3首脳の中では寿命が極端に短く、人間族のかなめを為すレイモン様に今何かあったら困るのだ。


 さすがの俺も夢の中で行使した魔法で、肉体まで治癒する事は出来ない。

 心のみ癒す事は出来るけど。


 ほら夢見が良いと気持ちが落ち着き、リラックスするじゃないか。

 逆に悪夢はどっと疲れるだろう?

 結果、レイモン様には直接お会いする事となった。


 だが……

 そうなると他の首脳は夢で対応というわけにはいかない。

 他のふたりから不公平だという声が出そうなのだ。


 俺は基本聞き役に撤する事が多い。

 3首脳にとって、俺は良い愚痴聞き役という位置付けのようだ。 


 さてさて!

 いつものように「さくっ」と治癒魔法をかけると、レイモン様の血色が著しく良くなった。


 ちなみにオベール様、イザベルさんにも同様のサービスを施している。

 身体の調子が良くなるから、大好評なのは勿論であった。

 あと念の為、オベロン様、イルマリ様は自ら強力な治癒魔法が行使可能。

 なのでノーサンキューだそうだ。


 溜まっていた疲れが取れたのであろう。

 さっぱりとした表情のレイモン様が言う。


「よし! ではケン、早速新顔を紹介してくれないか」


「はい! ではレイモン様、ご紹介致します」


「うむ、頼む」


 俺の顔を見て、そして居並ぶ麗しき女子達を見て……

 レイモン様は大きく頷いたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 俺はサキとロヴィーサへ一歩前に出るよう指示をした。

 ちなみにレイモン様のような最上級王族なら、挨拶の際、ひざまずくのは当然である。

 だが……

 レイモン様から、家臣や国民が居ない席において、お前と家族に関しては別だと念押しされている。

 

 かしこまった挨拶は絶対にやめて欲しいと言われている。

 だから、いつも通常の挨拶なのだ。

 さすがにお辞儀くらいはするけれどね。 


「まずはサキ。俺の嫁で、今回から秘書となります」


「サキでっす! レイモン様、宜しくお願い致しますっ!」


「あはは、レイモン・ヴァレンタインだ。サキはとても明るく元気だな。イルマリ様の仰っていた通り、悩みなど無しという感じだ」


「え~、レイモン様ぁ! 私だって、悩みはい~っぱいありますよぉ!」


 おいおい、サキの奴。

 いつも俺と話している時みたいなノリで反論しちゃった。

 ここは教育的指導。

 といっても、短い注意である。


「こら! サキ!」


 俺に叱られ、サキは自分の失策に気が付いたらしい。


「うっわ! いつもの癖で、つい! 言い返しちゃった! し、失礼致しましたっ! レイモン様! ご、ごめんなさいっ!」


「はははははは! サキは元気で素直だ。イルマリ様の観察眼はさすがだな」


 レイモン様は全く怒らない。

 微笑ましいという感じでサキを見つめていた。


 頃合いであろう。

 俺は次にロヴィーサを紹介する。

 オベール様と違い、レイモン様はロヴィーサの『正体』を知っている。


「レイモン様、それと秘書をもうひとり。人魔族アガレス殿のご令嬢でロヴィーサです」


「ふむ…………」


 サキにはすぐ笑顔を見せたレイモン様だったが……

 ロヴィーサを見て、唸り無言となってしまったのである。

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