第34話「王都王宮へ③」

 人魔族の娘ロヴィーサを見つめ、何故か無言となってしまったレイモン様。


「どうしました? レイモン様」


 俺が問いかけると、


「ふむ………」


 レイモン様は再び口ごもり、やはり言葉を発する事がなかった。

 多分、彼が気にしているのは、ロヴィーサの出自であろう。


 冥界に潜む闇の住人、人間の魂を喰らう捕食者たる元悪魔……

 という出自は、いにしえの時代から悪魔を怖れて来た人間にとっては、凄く怖ろしいものなのだ。


 でも意外ではあった。

 首脳の中で、最も他種族に理解があり、寛容的なレイモン様が退いてしまうなんて。


 こんな時、意外にも勘が鋭いのがサキである。

 強い視線でレイモン様を見つめて言う。


「レイモン様、ロヴィ姉がどうかしました?」


「サキちゃん……」


 対して、答える声は弱々しく、いつものレイモン様ではなかった。

 レイモン様は常に穏やかに堂々とを地で行く方なのだから。


 やはりサキは、レイモン様が臆した理由を勘づいているようだ。


「何も! 何も問題はありませんよ!」


「……………」


「ロヴィ姉がウチの村へ来てからもう6日も経ってます。私といつも一緒です。ごはんを食べたり一緒に寝たりしてます。礼儀作法とか洋服作りとか、習い事もしてるんですよ」


「……………」


「ウチの家族は勿論、村民とも仲良くやってます! ティターニア様も、オベロン様も、イルマリ様も、オベール様とイザベル奥様だって、ロヴィ姉は良い子だって言ってくれました」


「……………」


「ロヴィ姉は、みんなに好かれているんです、私も大好きです! だから、だから!」


 無言になったレイモン様に対し、必死にロヴィーサを弁護するサキ。

 この子はやっぱり優しく思い遣りのあるリリアン……

 俺が愛したクミカの生まれ変わりなんだ。


 胸が熱くなった俺は、そっとサキをフォローする。


「サキ、レイモン様は、ちゃんとお分かりになっていらっしゃるよ」


「旦那様……」


 涙ぐんでいるサキへ微笑みながら、俺はレイモン様へ同意を求める。

 管理神様ほどの力も威厳もないけれど、神たる俺がちゃんと責任を持ちますよって意味で……


「そうですよね? レイモン様」


 すると……レイモン様は自分のリアクションをひどく恥じたようである。

 何と、ロヴィーサへ謝罪する。


「ああ、すまぬ。ロヴィーサ」


 レイモン様の謝罪を聞き、ロヴィーサも微笑み、首を小さく横に振る。


「いえ、人間が私達人魔族、すなわち元悪魔を怖れるのは無理もありません。それに今の私もオーガなどの捕食者が怖ろしいと思いますから、レイモン様のお気持ちは理解出来ます」


「……そうか」


「サキ、ケン様、私の為に……ありがとうございます。そしてレイモン様、私の話をどうかお聞きくださいませ。皆様も私の話を聞いて頂けますか?」


 ロヴィーサは何か思う事があるらしい。

 柔らかく微笑み訴える。


「うむ、聞こう」


 と、レイモン様が答え、俺とサキも追随する。


「ああ、全員でロヴィーサの話を聞くよ」

「ロヴィ姉、話して!」


 クラリスとグレースも頷き、全員がロヴィーサの話を聞くと返したのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 やがてロヴィーサは話し始めた。

 全員が無言になり、話を聞いている。


「私ロヴィーサは大悪魔アガレスと名も無き悪魔の母から生まれました」


「……………」


「母が今、どこでどうしているのか分かりません、父も語りません。聞いてはならぬという暗黙の了解なのです」


「……………」


「父に面識のなかった母は、私を産む為だけに呼ばれ、私を産んだ後、いずこともなく消えたのです」


「……………」


「この行為でお分かりになりますか? 悪魔に愛というものは、なかったのです」


「……………」


「しかし……創世神様の御業みわざにより悪魔のアイデンティティは失われ、リセットされた人魔族となりました。原初の人間ほどではありませんが、私達は極めて無垢むくな存在なのです」


「……………」


「外界を知らない全く世間知らずの私は……管理神様の神託を受けた父から、ケン様と共に地上へ赴く事を命じられました」


「……………」


「そして、アヴァロンの人魔族入植地から出て、様々な事を知りました」


「……………」


「その中のひとつが愛でした。私は生まれて初めて愛を知ったのです」


「……………」


「初めは愛が何なのか、全く分かりませんでした」


「……………」


「ある方に聞くと、愛とは決まったルールも形もない。不可思議な感情だと言います。個々によって全く違う、様々な愛があるのだと」


「……………」


「一応納得はしました。でも私の中にある愛とは、はっきりした形のあるものです」


「……………」


「私は様々な方々に会い、愛を目撃し、体感しました。そして確信致しました」


「……………」


「励まし合い、支え合い、慈しみ合い、感謝して生きて行くのが愛なのだと実感したのです」


「……………」


「ボヌール村の皆様は……元悪魔の私を励まし、支え、慈しんでくれます。私は感謝の気持ちを抱き、同じように報いたいと日々考えております」


「……………」


「私は愛を持ち帰り、人魔族に伝えたい。愛のある暮らしがどれだけ素晴らしいのか、体感させてあげたい」


「……………」


「管理神様が父へご神託をくださり、ケン様のご尽力で私が地上へ来れたのは、まず、その使命の為だと思います」


「……………」


「そして人魔族の新たなアイデンティティを皆様にご理解して頂き、受け入れて下さるよう努力するのも使命だと思っております」


 ロヴィーサは自分が担う役割をはっきりと認識したようである。

 語り終えると、深々と頭を下げたのであった。

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