第27話「さりげなく」

 事務次官のダン・アドラムこと俺が率いる一行は、オベール家の従士長、

 たくましい女戦士カルメン・コンタドールを先頭に、ぞろぞろと出発した。


 「のしのし」と歩くカルメンはやたら目立つ。

 元ランクAの冒険者で強靭な彼女の存在は、エモシオンでは誰もが知っている。

 カルメンがこの町を視察して回るのは、犯罪抑止には役に立つ。

 前世の日本で、警官がパトロールし、犯罪防止になっていたのと同じ理屈だ。


 そしてカルメンと俺が同行している事で、この一行は領主オベール様絡みだとも分かる。

 なので、ちょっかいをかけて来る者も皆無。


 もしもウチの嫁ズやティターニア様、ロヴィーサが単独で歩いた場合、その美貌からナンパされるのは間違いない。

 王都ほどではないが、このエモシオンにもそのような輩は存在するのだ。


 カルメンの直後、番手を歩く俺は「ちら」と後ろを振り返る。

 秘書ふたりは並んで歩いていた。

 人間の町へ来るのは生まれて初めで、「きょろきょろ」するロヴィーサへ、

 何度かエモシオンに来た事のあるサキがいろいろと教えている。


 ティターニア様はベリザリオとアルベルティーナ、タバサと共に、オベール様から渡された町内の地図を見ながら、あれやこれやと話している。


 その後に、リゼット、ミシェル、ソフィが続くという布陣だ。

 

 俺は歩きながら改めてエモシオンの街並みを見る。

 相変わらず地球の中世西洋風のファンタジー世界な街並みである。


 だが、ここしばらくの間にエモシオンの町もいろいろ変わった。

 まず人口が増えた。

 約1,500人だったのが、2,000人を超えた。


 え? たった? と言わないで欲しい。

 前世の日本と比べてはダメだ。


 ここは、ヴァレンタイン王国最南方にあたる僻地へきちである。

 短期間で500人も人口が増える方が稀なのである。


 この人口増加の理由は、エモシオンの評判が上がったからにほかならない。

 超が付く遠方だが、税金がそう高くなく、治安が良くて住みやすく、雇用があり、

 そこそこ稼げる町という評判が立ったから。


 というわけで次。

 空き地、空き家が減り、新たな住民が暮らす住宅が増えた。

 人の往来も当然ぐっと増えたのだ。

 そしていろいろな業種の店も開店した。

 近々、冒険者ギルド、商業ギルドの支所も出来るかも……


 ティターニア様はそういう話も聞いていた。

 そして領主オベール様は宰相たる俺の義父。

 何かと融通が利く。

 だから、彼女はここエモシオンをトライアルの地と決めたのだ。


 でも既視感デジャヴュを覚える。

 アンテナショップ『エモシオン&ボヌール』を出店する際、こうやって店舗の下見をした。

 そして下見中に、俺の弟分となった貴族の息子アンリの妻となるエマさんを助けた。

 そのアンリとエマさんは、今や仲睦まじく移住したボヌール村で暮らし、俺や家族を支えてくれている。


 俺もそうだし嫁ズもそう……

 本当に運命なんて分からない。

 なんて、つらつら考えていたら、一件目の店舗候補の場所に到着した。


 ええっと……この店舗は?

 路面店であり、大通りにも面していて通行量は多い。

 建物自体は出来て、10年以上が経過しているらしいが、正面に趣きのある重厚な樫の扉があり、大きな窓もある。

 クリーム色の外壁とお洒落なデザインで、妖精の店として悪くはない。


 念の為、俺はカルメンへ断ってから、オベール様から渡された鍵を使った。

 そして扉を開け、一行と共に、中へ入ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 この店舗は以前、飲食業を営んでいたらしい。


 内壁は清潔なイメージの城壁、広々としたホールだったらしき空間。

 テーブル、椅子等は運び出されたらしくなかったが、カウンターと厨房はそのまま居抜きで残されていた。

 奥には事務所、従業員用らしき部屋があり、倉庫も備えられている。


 ティターニア様と妖精一行は、熱心に且つ興味深そうに各所を見て回っていた。

 そしてサキとロヴィーサも夢中になって、あれやこれやと指さしながら話している。


 そういえば……

 エモシオン&ボヌール出店の下見をしたのはサキがボヌール村へ来る前、

 そしてロヴィーサは当然生まれて初めての体験。

 夢中になるのも当然だろう。


 俺もこういう下見は嫌いではない。

 いろいろ見ていたら……ティターニア様達が近付いて来た。


「お父様、どう思う? このお店」


「中々だと思います、ティファナ様。お洒落系の飲食業をやるのならベストですね」


「飲食業か……料理を作って出したり、お茶して貰う商いね」


「です! えっと、ひとつお聞きしますけど」


「なあに?」


「そもそもティファナ様は、どのような商いをお考えになっていますか?」


「エモシオン&ボヌールみたいなお店!」


「へぇ、じゃあライバル店ですね」


「ええ、私達妖精には商いのノウハウがないわ。だからまずは、ボヌール村の大空屋と、この町のエモシオン&ボヌールを参考にさせて貰いたいの」


「ええ、構いません。大いに参考にしてください。でも区別化はどうするつもりですか?」


「区別化?」


「ええ、まったく同じ内容の店だと、先発で固定客をつかんでいる店が有利です。お客は最初にぱらぱら物珍しさで来店するかもしれませんが、よほどの売り物がないと定着しません」


「うふふ、成る程、勉強になるわ。でも大丈夫。作戦は考えてあるの」


「念の為、アヴァロン産の独自商品はあまり大っぴらに売れませんよ。大騒ぎになりますから」


「ノープロブレム。問題なしよ。一見、普通の商品でも、人間が気付かないよう、さりげなく妖精テイストをかもし出すから」


「さりげなく? 妖精テイストですか?」


「うん! さりげなくね」


 ティターニア様は、そう言うと花が咲くように明るく笑ったのである。

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