第26話「視察に出発!」

 ここはエモシオンにおける俺の別宅。

 俺、嫁ズ、タバサ、妖精軍団、ロヴィーサ。

 全員が着替え、変身の魔法もかかりスタンバイ。

 ちなみに家族とロヴィーサは俺が、妖精ふたりにはティターニア様がご自身も含め魔法をかけている。


 完全に別人となった俺達は扉の前に陣取り、外出いつでもOKの態勢。


 というタイミングで、扉がノックされた。

 おっと!

 見知らぬ誰かが尋ねて来た。

 ……のとは全く違うのだ。


 出発準備が出来たので、俺が念話で事情を知る『迎え』を呼んだのである。

 ノックをした人物とは……迎えに来た人物、それも女性なのである。


 放つ波動を確認、念話で直接話し、安全を確かめて、扉を開けると……

 革鎧姿の、いかつい女戦士が俺達をぎろりとにらむ。


「ダン次官、お迎えにあがりました」


「ご苦労様」


 ダンとは、先ほどジョエルさんが言っていた俺の偽名。

 実在しない架空の人物であり、宰相ケンの部下たる設定、

 事務次官のダン・アドラムだ。

 彼がこの屋敷の主であり、俺ケンのもうひとつの顔なのだ。


 そして迎えに来たこの女戦士は……

 元ランクAの冒険者、今やオベール家従士長となったカルメン・コンタドールである。

 

 最初はすもう大会のルールでぶつかったカルメンだが……

 ひょんな事からエモシオン&ボヌールのカフェへ招待。

 ハーブ料理をご馳走し、彼女の母親の話を聞き、一気に親しくなった。

 

 それ以来、態度が柔らかく、フレンドリーになったカルメンだが……

 少し前に俺の方からカミングアウト。

 

 実は各国の首脳とつながっている事、悪魔から世界の破滅を救った事も知り……

 完全に尊敬の眼差しで、俺を見るようになった。


 更に先日、前任者の引退により、『副』が取れ、遂に従士長に昇格、

 オベール家の従士達の指揮官となった。

 

 更に俺の推薦もあり、オベール様より騎士ナイトの称号も授けられ、ますます仕事に前向きとなっている。

 ちなみに大幅に頻度は減ったが、エモシオン&ボヌールカフェにおける厨房の仕事も続けていた。

  

「ダン様、市内の巡察、いつものようにお供致します」


「ありがとう、カルメン。とりあえず中へ入ってくれ」


「失礼致します!」


 宰相ケンの部下、引きこもりの事務次官ダンは……

 週のほとんどをこの屋敷にこもって政務をこなしている設定。

 きまぐれに市内巡察を行う性癖を持つ変わり者というイメージだ。


 変わり者ダンの護衛をするという名目で、従士長のカルメンは市内の巡察もしながら、俺とも近況確認&打合せをするという趣旨だ。


 変人とエモシオンの町民から思われているダンなのだが……

 オベール様の忠実な部下で、剛毅なカルメンが一緒だと怪しまれず、悪いイメージも中和される効果もある。


 今回は特に大人数となるので、不審がる住民も居るかもしれない。

 しかし町の治安を預かるカルメンが、先頭に立っていれば、誰も文句は言わない。


 室内に入ると、カルメンはにっこり笑った。

 改めて見やれば、血色が良く、表情が明るい。


「うん、元気そうだな、カルメン」


「ええ、元気ですよ、宰相。毎日が楽しいです」


「ははは、良かったなカルメン。ええっと念の為、全員魔法で変身している。俺の嫁は知っているだろうが、妖精チームとロヴィーサの容姿も実際とは違うからな」


「りょ、了解です」


 噛みながらも、カルメンが現状を認識した。

 後は妖精達とロヴィーサへカルメンを紹介し、ウチのメンツ、個々を改めてカルメンへ周知するだけだ。


「よし! 彼女がオベール家従士長のカルメン。先日ナイトの称号も賜った」


「カルメン・コンタドールです。宜しくお願い致します」


「「「「「宜しくお願い致します!」」」」」


「よし、カルメン、この3人がティファナ様、ベリザリオ殿、アルベルティーナだ」


「宜しくお願い致します。ティファナ様、ベリザリオ様、アルベルティーナ様」


「ティファナよ、カルメンさん、今後とも宜しくね」

「ベリザリオだ、カルメン殿、宜しく頼む」

「アルベルティーナです! ティナと呼んで下さい! 宜しくお願い致します!」


「宰相。オベール様から、話は聞いております。この御三方が妖精なのですね?」


「ああ、そうだ」


「ティファナ様が、妖精女王ティターニア様なのですか?」


「おう、抜かりのないように頼むぞ」


「はいっ、宰相! ティファナ様御一行は、町内観光を兼ねた新規開店候補の視察ですね」


「ああ、頼む」


「ご安心を! 護衛と先導は私カルメンにお任せくださいませっ!」


「よし! カルメン、次に秘書となったふたりの紹介だ。お前もご存じのサキ、そしてロヴィーサだ」


 俺が秘書役のふたりを紹介すると、カルメンは大袈裟に反応した。

 カルメンはエモシオンに住む事になった経緯から、サキとは仲が良い。


「わお! びっくり! サキちゃんが宰相秘書? 大丈夫? 務まるのかい?」


「失礼な! カルメンさんのカフェメイドよりはマシだよ」


 おっと、サキが反撃。

 以前、カフェの給仕用メイド服を着たカルメンは、そのあまりの不似合いさに散々、いじられた事がある。


 その時カルメンは、大いに怒った。

 しかし、今は余裕がある。


「あはは、これは、一本取られた。それとロヴィーサさんか、宜しくな」


 カルメンにも、オベール様夫妻同様、ロヴィーサは人間だと伝えてある。

 だから、普通に気さくにあいさつした。


 たくましく堂々としたカルメンに、ロヴィーサは気圧されたようだ。

 

「よ、宜しくお願い致します。カルメン様」

 

「それと、リゼット、ミシェル、ソフィ、そして娘のタバサだ」


「はい、改めて宜しくお願い致します、皆様! 本日は従士長として、護衛と先導を務めさせて頂きます」


「「「「「宜しくお願い致します!」」」」」


「よし、全員の紹介は済んだ。そろそろ出発するぞ。リゼット、ミシェル、ソフィ、タバサも大丈夫だな?」


「「「「OK!」」」」


「うん! じゃあ、カルメン頼む」


「では、ダン様。エモシオンの視察に出発致します」


 俺を偽名で呼び、大きく頷いたカルメンは……

 たくましい手を伸ばし、扉をゆっくり開けたのである。

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