第20話「ひとつの解決……そして」

 魔王アリスがボヌール村へやって来て、約1週間が経った。


 今のところ全てが順調である。

 人見知りしないアリスは村に完全に馴染んだ。

 ティターニア様とも仲直りし、日々共に商いの勉強もしている。


 しかし残された時間はあまりない……らしい。

 魔界の気候は著しく変動し、食糧不足はますます酷くなり、

 『国民』の不満は爆発寸前のようだ。


 こうなると地上侵攻を主張する、主戦派の勢いは増す一方だろう。

 アリスが『魔王の威光』で押さえていられるのも限りがある。

 早く政策を『実行』しなければならない。


 しかし……

 俺も遊んでいたわけではない。


 まずは、俺とアリスの『結婚宣言』を広く伝えた。

 まだ式は挙げておらずとりあえずは、『婚約』なのだが……

 これはさすがにインパクトがあった。


 オベロン様達3首脳は、「まさか、本気だったのか」とびっくりしたし……

 管理神様によれば、天界にも衝撃が走ったという。


 そして、アリスの治める魔界の国民にとってはとんでもないショックだったらしい。

 だが同時に……

 神たる俺と魔王のアリスが結束し、魔界を救う為、様々な手を打つとも聞き、

狂喜乱舞したようだ。


 これで多少時間は稼げる。


 次に着手したのが人間や他種族を餌としない意識改革を伴う、

 食生活の改善と代用食の開発だ。

 いろいろと、出来る限りの準備と手配をしておいた。


 しかしこのふたつは完成に至るまで相当な時間を要する。

 一朝一夕にはいかない。


 そして、地上も魔界も国家運営は同じと見た。


 3首脳と話したように、最も大事な金――経済力、人、情報の問題をクリアにしなければならないのだ。


 当然、アリスとは毎日、意見交換と討論をし、各所への根回しを進めている。


 『金』に関しては、アリスからこんな話も聞いた。


 魔界は地の底……

 金を始めとした鉱物資源は豊富すぎるくらいあり、

 宝石も大量に採取出来るそうだ。


 しかしそれらは地上へは持ち出せない。

 一切使えない。

 何故なら、天界が厳しい『縛り』を設けていた。

 いわば呪いに近いモノと言って過言ではない。


 これらの鉱物を魔界で使用する分には問題はない。

 武器や何かに加工するのも自由である。

 だが、インゴットや原石、加工物等々、地上へ持って出た瞬間、

 全てが『消し炭』と化してしまうそうなのである。


 成る程……

 魔族が強さだけでなく、金にあかせ、

 地上を支配するのを防いでいるというわけか。

 納得……である。


 しかし感心や納得ばかりしてもいられない。

 国家を運営する為には……民族が生きて行く為には、

 まず『金』が必要であるのだから。


 そして俺はもうひとつの基本……

 衣食住も考えた。


 ひらめいた!

 そうだ!

 俺は空間魔法が得意だ!


 但し、俺の魔法だけではキャパが不十分。

 アリスに話したら、全面的に協力すると力強く約束してくれた。

 管理神様からも「妙案だ!」とOKを貰った。

 3首脳の了解も取った。


 よっし!

 これで問題はひとつ解決。

 時間が更に稼げる。

 俺は次の段階へと進んだのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ……俺がアリスと共に魔界へ提示したのは……

 『亜空間への仮住まい』である。


 良く既存の家をリフォームする間、新たな住まいを新築する間、

仮住まいをする事がある。


 俺はその習慣を思い出し、ピンと来たのだ。


 アリスと協力して、エデンに模した亜空間を創り……

 魔界に住まう魔族全員にしばらく暮らして貰うという、

 衣食住のうち『住』の案なのである。


 食料や生活必需品等は魔界、現世両方から運び込み、食生活の改善と代用食の開発も引き続き行って行く。


 元々、俺は魔族の住める街を北の果て、人や他種族が住まない魔境に造ってはと提案した。

 しかし……それは3首脳の強硬な反対により却下されてしまった。

 

 捕食者たる魔族の脅威はやはり怖い。

 地上の街で地続きだと、簡単に攻め込まれるという怯えからだ。

 なのでやむなしという、俺が出入りを制御可能な、

 亜空間の居住提案なのである。


 だが……

 今度は俺の提示した案を、魔界の主流派――主戦派が真っ向から反対した。

 そんな牢獄に住めるか!

 というのが、ファーストコメント。

 

 また、他の案もおしなべて反対。

 つまり……

 住処にしろ、食にしろ、人間出身の神如き、矮小な存在に従えるかという、

 実情を一切無視した、つまらない誇りを振りかざした『抗い』なのである。


 反対派の中心は……

 アリスの直属の配下アガレス、メフィストフェレスの上位にある、

 バエルという大悪魔だという。


 中二病の俺は知っている。

 悪魔バエルとは、ソロモン72柱のひとりである。

 東方を支配し、66の軍団を率いたと伝えられる序列1番の大いなる王だ。

 

 悪魔達は力を信奉する。

 バエルは、力での勝負を俺へ望んで来た。


 何とか、話し合いで解決したいと思ったが……

 アリスを介した数回のやりとりも無駄に終わった。


 どうやら奴はアルベルティーナを誘拐させた悪魔の上席でもあったらしい。

 「部下の仇を討つ!」と息巻いているそうだ。

 嫌ならば、俺が土下座した上、死んで詫びろと。

 

 いやいや、冗談じゃない!

 アルベルティーナを酷い目に遭わせた癖に!

 謝るものかよ!

 死ぬものかよ!


 そしてバエルは、アリスへ『求婚』までしていたとも聞いた……

 ならば俺も絶対に退けない。

 

 どうやら……

 戦うしかない相手のようだ。


 決意してから相談すると、管理神様には……励まされた。

 そして、この世界の行く末を懸けた、

 俺の人生における大きなターニングポイントであるとも言われた。


 3首脳にも伝えた。

 最初は全員反対した。

 だが「決意は揺るがない」と俺が返したら……

 オベロン様は……「頼むぞ」とひと言。

 イルマリ様は……「死ぬな」と励ましてくれた。

 そしてレイモン様からは……「いつもすまぬ」と謝られた。


 嫁ズ全員とタバサへ伝えたら、悪魔と戦うのは勿論、

 魔界へ行く事自体を心配され、大反対された。

 

 だが……行くしかない。

 「決着をつけるしかない!」と、俺の内なる声が告げていた。

 

 俺は家族全員とそして村の仲間と改めて触れ合った。

 現世では……二度と会えないかもしれないからだ。

 ちなみタバサ以外の子供達には、アリスと少し長い旅に出ると告げておく。

 

 こうして数日後……

 俺は案内役にアリスを連れ、未知の世界、『魔界』へと旅立ったのである。

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