第21話「魔界へ……」

 神たる俺と魔王アリスは普通の旅支度をして、普通の旅を装って出発した。

 

 嫁ズとタバサは事情を知っているが、

 子供達と村民には、アリスの父と「旅先で待ち合わせだ」と偽った。


 でも、支度は普通だが、行き先はけして普通ではない。

 

 何といっても魔界である。

 大事な事だからもう一度言おう。

 何と!

 魔界なのである。


 転生して原野に放り出され、クッカに導かれ、リゼットと出会い、

 ボヌール村へ不時着。

 ふるさと勇者となり、嫁ズと出会い、結ばれ、素敵な家族を持った。

 様々な出会いと別れを重ね、送って来た波乱万丈の人生。

 そして遂に悪魔と決闘する為に魔界まで行く。


 まさに気分は『神曲』の主人公ダンテだ。

 否、ダンテを遥かに超えるかもしれない。

 

 え?

 神曲を知らない?

 

 ダンテも知らない?

 じゃあ、改めて説明しよう。


 神曲とは……

 日本でいう鎌倉時代、遥か遠き中世に書かれた長編の叙事詩である。

 作者の名はダンテ・アリギエーリ。

 

 地獄編・煉獄編・天国編の三部から構成され、

 謎めいた詩人ウェルギリウスやダンテの永遠の想い人ベアトリーチェにいざなわれ……

 作者のダンテ自身がこの三界を遍歴する形の幻想譚げんそうたんなのである。

 ダンテはこの3つの世界でいろいろな事を見て聞いて、様々な体験をする……

 そして遂には……


 という事で、神曲のは事はそれくらいにして、話を戻そう。


 ……ボヌール村から街道を少し走った場所で、人影がないのを確かめ、

 ベイヤール&フィオナのふたりに曳かせた馬車を適当なところで停めた。


 次に馬車を収納魔法の亜空間に。


 そしてハーネスを外し……

 寡黙ながらエールを送る妖馬ベイヤール、

 心配する優しきグリフォン、フィオナへ、必ず戻ると約束し、解放した。 


 身軽になった俺とアリスは、夜の街道をふたりで歩いた。

 俺は軽く息を吐く。

 魔界へ赴く前に、アリスには告げておく事があるのだ。


『アリス』


『なあに?』


『いきなりだが……クーガーとの約束は、履行しないで構わないからな』


『え? どうして?』


 前魔王クーガーが、現魔王アリスと交わした約束……

 それは『俺を無事な姿で、必ず地上へ戻す』事。


 アリスは即座に、


『自分の命に代えても、絶対約束を守る。ケンを生きて連れて帰る』と


 クーガーへ告げたのだ。

 その約束を守らなくて構わない?


 ?マークをいっぱい飛ばし、

 訝し気な顔付きのアリスへ俺は、


『逆だよ』


 とシンプルに返した。


『逆って?』


『俺が、命に代えてもアリス! お前を守る! 無事にアリスを地上へ帰す』


『え……私を? 地上へ?』


『折角、タバサを始め、俺の家族に村の皆と、そしてティターニア様とも凄く仲良くなったんだ。お前だけでも、絶対に生きて戻るんだぞ』


 俺が念を押すと、アリスは俯いてしまった。


『ケン…………』


『アリス、俺と新たな約束をしてくれるか?』


 俯いたアリスへ俺が更に念を押すと、 

 アリスは顔をあげた。


 驚いた!

 綺麗な碧眼が真赤だった。


 アリスは……泣いていた。

 そして駄々っ子のように叫ぶ。


『ケン! ダメ! ダメダメダメ~っ!!』


『ダメかい?』


 俺がなだめるように尋ねると、アリスは更に大きな声で叫んだ。


『うん! ダメよぉ!!! ぜんぜんっダメっ!!!』


『アリス……お前……』


『私とケンはこれからず~っと一緒!! 死ぬ時も一緒!! 死んでも一緒!! 絶対に離れないっ!! それがふたりの運命なのよ~っ!!!』


 ああ……

 俺はアリスが好ましい。

 魔界を救う為に、その身を投げうって俺と結婚する。

 健気だと思う。

 

 でも何故……

 アリスがここまで気持ちを露わにし、強く強くストレートに愛を告げて来るのか、俺には分からなかった。


 泣きじゃくるアリスを、俺はただ優しく抱き締めていたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 しばし経ち……

 俺は泣き止んだアリスと再び歩き出した。 

 

 そして、ボヌール村から少し離れた森の中へ入り、

 アリスは指をピンと鳴らした。

 同時に魔界への転移魔法が発動される。

 

 いつもの転移魔法なら、瞬時に目的地へ到着する、

 だが、さすがに魔界。 


 しばらくの間……

 暗く長いトンネルを潜ったような感覚が続いた。

 と、思っていたら視界が「ぱあっ」と開けた。


 どうやら魔界へ着いたようだ。


『ケン、転移魔法のロジックは知ってるよね?』


『ああ、知ってるぞ。未知の場所でも一回行きさえすれば、次回から行使が容易になる……だろ?』


『ピンポーン! だからケンは今後、魔界には簡単に行けるよ。便利でしょ?』


『だな』


 かつてはクーガーが転生し、アリスが生まれた場所。

 『魔界』とは一体どのような場所であろうか。

 

 改めて見やれば……

 想像した以上に荒涼とした風景に唖然あぜんとする。

 

 大きな岩ばかりゴロゴロしていて、

 草木も殆ど無い砂漠が続く、肌寒い雰囲気である。

 

 空を見やれば、雲など一切無く、空は濃い紫一色。

 

 アリスに聞いたら、現在は一応昼間らしい。

 夜は地上同様、真っ暗になるのであろうか……


 目の前には石畳となっている、そこそこ広い幅の街道が、

 遥か彼方の地平線まで延びていた。

 

『この街道をず~っと行けば、我が魔界の王国ディアボルス、魔都ソドムへ着くわ』


『悪魔王国ディアボルス……か』


『ええ、この場所は、地上からの中継点に設定されてる。どこから転移してもここへ着くの』


『成る程』


『本当はケンと歩いて行きたい。これからの人生を共に過ごし、一歩一歩、歩いて行くんだもの。……でも、魔界が滅びるまで時間がない。悠長にソドムまで歩いてなんか行かない。再び転移魔法を使うわ』


『了解!』


 アリスが再び「ピン!」と指を鳴らし、ふたりの姿はかき消えていたのである。

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