第8話「謎めいた言葉」

 こうして……

 魔王アリスは俺の村ボヌールへやって来た。


 ちなみに……

 いくら俺が村長で、ある程度権限を持たされており、

 新たな若い村民が大歓迎とはいえ……

 誰も彼も無条件で村へ受け入れて良いというわけではない。

 

 村長の俺がOKを出す事に異議が出ず、

 アリスがボヌール村へ来た経緯が自然に見える、

 表向きの理屈をつけねばならないのだ。


 現時刻は午前3時過ぎ……

 アリスには言ったが、まだ夜も明けていないこの時間、

 ユウキ家へ、いきなり年端も行かない少女外見だけでもを連れて行ったら大騒ぎになるのは確実。


 ここは一旦、別宅に不時着し、転移魔法等を駆使……

 紆余曲折あった結果、アリスを街道で拾って来たという、

 もっともらしき絵を描かなくてはならない。


 絵を描くという行為をシャレにしたわけではない。

 だが、不時着した『別宅』とはクラリスのアトリエである。


 現在俺は、別宅を所有していない。

 

 実は……

 今後、こういう事は起こりうる。

 だから、再び別宅を持とうと考え始めたばかりの矢先に、

 起こったサプライズだった。


 さてさて!

 無人であるはずのアトリエに灯りをつけるわけにはいかない。

 なので……

 俺は真っ暗闇の中で、アリスとひたすら待った。


『ね~、ケン』


『何だ?』


『ここクサーい』


『絵の具の匂いくらい我慢しろ』


『この匂いって、絵の具なの?』


『そうだ』


『お~確かに、絵がいっぱいある部屋だね……それにとっても素敵な絵』


 俺と同じく、夜目が利くらしいアリスは周囲を見回して、微笑んだ。

 

 アリスが見やる壁には……我がボヌール村のレオナルド・ダ・ヴィンチ、

 クラリスの絵が所狭しと飾られていた。

 床には、イーゼルもいくつかあり、全てに描きかけの絵がさしかけられていた。


 ふうん……

 魔王にも芸術が分かるんだ……

 と、俺は思い、

 とりとめのない会話をしているうち、『待ち人』の嫁ズが何人かやって来た。


 夜明け前にアトリエに来るのは、いかにも不自然だが、

 何か探し物があるという理由で来たという無理くり設定。

 

 すぐに灯りがつけられる。 


 さすがに全員は招集不可なので、迎えに来た人数は絞ってある。


 呼んだのはこのアトリエの主クラリス、村長代理で第一夫人のリゼット、そしてアリスの先輩元魔王のクーガーと元女神のクッカである。


 最初におずおずと話しかけたのは、リゼット。


「あ、あ、貴女が魔王なの?」


 対して、アリスは明るく返す。


「ええ、そうよ。私はアリス、魔王アリスよっ! 宜しくねっ!」


「は、はい……」


 いつもは沈着冷静でしっかり者のリゼット。

 だが……

 人間に転生したクーガーなどとは全く違う、本物の上級魔族。

 そんな大物と相対するのは初めてとあって、

 明るく言葉を投げかけられても、

 まるで気圧されたようになってしまっている。


 ここで進み出たのが、そのクーガー。

 アリスの『先輩』にあたる元魔王である。

 さすがに肝が据わっていた。

 クーガーの傍らでは、元女神のクッカが無言のまま、

 厳しい目をして、アリスを見つめている。


「ふ~ん、あんたが私の後釜なんだ、アリスちゃん」


「ええ、宜しくね、クーガー先輩」


「こちらこそ、宜しく。まあ経緯を聞いたし、旦那様がOKしたから私達はあんたを受け入れる」


「うふふ、助かるわ」


「でもね、もしもあんたが約束を破り、言行不一致して、暴れたり、誰かに手を出したらただじゃおかない」


 まるで脅しのように釘を刺すクーガー。

 対して、アリスは全く動じずせせら笑う。

 完全にクーガーを見下している。


「へぇ、面白そう。引退して人間になった先輩如きが? 現役魔王の私をただじゃおかないの? そんなの全然、無理ゲーじゃない?」


 しかし、クーガーは一歩も退かない。

 謎めいた言葉まで飛び出した。


「無理ゲーじゃないわ……舐めない事ね。私も《元》とはいえ魔界の王、魔王のことわりもよ~く知ってるのよ」


「わ! 魔王の理! そうだったわ、うふふ、わっかりましたぁ、大人しくしま~す」


 アリスはあっさり矛を収め、ぺろっと舌を出した。

 意外だ……

 

 しかし気になるのは…… 


「え? クーガー。魔王の理って、一体何だ?」


「それは……」


「それは?」


「秘密。旦那さまにも言えない」


 クーガーは申しわけなさそうな顔をしていた。

 同時に、俺の内なる声が警告を告げていた。

 

 ここは追及しない方が良いと。


「……そうか、分かった」


「ごめんね!」


「良いさ」


 クーガーは再びアリスへ念を押し、理不尽な行為を禁じた。

 そしてティターニア様がボヌール村で生活する際に交わした、先の約束も履行する事を誓わせたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 話はまとまった。

 情報も共有出来た。

 

 ユウキ家本宅へ戻ったリゼットから、

 待機の留守番組の嫁ズへ経緯が伝えられ、アリスの受け入れ態勢が整った。

 

 結果、何度も繰り返された『お芝居』が再び行われる。

 それはあくまでも自然に見える『出会い』の設定だ。


 何度も使われた手ではあるが、

 内容はティターニア様お預かりの際、使われたモノに最も近い。


 すなわち……こうだ。

 朝早く狩りに出かけた俺とクーガー、レベッカが……

 街道で出会った商隊の主から、愛娘を託される。


 商隊の主曰はく、仕事で危険の多い南方の国へ行く。

 なので、しばらく村で娘を預かって欲しい、礼は充分するという……

 ベタだがシンプルな設定だ。


 具体的な段取りは、手間がかかるけど、疑われない為にこうする。


 俺達3人が、一旦村を出る。

 ちゃんと正門経由で。

 狩りをする為に出かける。


 適当な時間に、俺が転移魔法でクラリスのアトリエへ跳ぶ。

 つまり内緒で村へ戻る。

 

 アトリエで待機するアリスをピックアップ。

 再び転移魔法で村外へ。

 街道で合流し、3人で一緒に村へ戻るという段取りとなった。


 嫁ズが戻った後、

 服装はどうする?

 とアリスに聞いたら、彼女はにっと笑い、

 「ぱちん」と指を鳴らした。


 すると、着ている服が一瞬で変わってしまう。

 濃紺の可愛いブリオー、同色のフェルト帽子、お洒落な革靴。

 今までの服装も似合っていたが、今度も素敵であか抜けている。


 まるで前世のファッション雑誌から抜け出たように……

 金髪碧眼美少女のアリスには、はまり過ぎる可憐さが演出された。

 ズバリ、お忍びで街中へ出た王女様の如きである。


 アリスはポーズをとり、


「ケン、どう? 似合う?」


 と聞いて来たので、ここは素直に答える。


「ああ、可愛いよ」


「ティターニアより?」


「後で、本人来るし、ノーコメント」


「あ~、ズルイ」


 なんて会話はあったのだが……

 

 その後、何とか無事に事は運び……

 魔王アリスは、ボヌール村の新たな住人となったのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る