第21話「新たなる船出②」
30年以上もの間……
ふるさとを離れていたエルメルさん、ヨハンナさん、
レミネン夫妻は無事、イエーラへ戻る事が出来た。
無論、愛娘のノーラさん、アウグストに、
俺とアマンダの夫婦も一緒である。
ヴァレンタイン王国王都セントヘレナからイエーラの都フェフまでは、
馬で約10日、馬車で同じく2週間はかかる。
どうしようかと考えたが……
いろいろと『思うところ』があり、
俺はカミングアウトする事に決めた。
つまり……俺の能力を一部公開し、一行をフェフまで運ぶ事にしたのである。
具体的に言えば、転移魔法で一気にフェフのエルヴァスティ家別邸まで跳んだのだ。
『思うところ』はいくつかあった。
ひとつひとつ、クリアして行くしかないし、相手が重複する場合もある。
まずは、アウグストへの申し入れ。
以下は彼との会話である。
「兄上、厳しい判断をします」
「何? 厳しい判断?」
「はい! 今回のイエーラ行きを最後に、一旦、俺からのフォローをストップします」
フォロー、すなわち支援をストップする!
さすがにアウグストは大ショックだったらしく、
「ケ、ケン! な、何故だっ!? ……という事はもうあの転移魔法が使えないという事か?」
と、問い質して来た。
俺は、「当然だ」と大きく頷き、
「そうです。基本は自力で、つまり俺やアマンダには頼らず、ご自身の力で一人前の商人になってください」
こう、きっぱり告げると、アウグストは恨み言を返して来る。
「つ、冷たい奴だ。せっかく理解し合え、親しくもなれたのに……今更、私を見捨てるのか? アールヴの私が家族だと、人間のお前が言ったのは偽りだったのか?」
「いや、誤解しないでください。兄上がノーラさんを守った時、俺は敢えて奴らへ手出しをしませんでした。何故だか分かりますか?」
今度は俺が質問した。
すかさずアウグストは返して来る。
「う~む……もしかして、私に花を持たせたのか?」
う~ん、惜しい。
80点!
ひとかどの商人になる為には、もう少し想像力を働かせて欲しい。
商人というだけではない。
相手の気持ちを思い遣り、真意を知ろうとする努力は大事だ。
「あたらずとも遠からずです。もっと想像してください」
「もっと想像?」
「はい! もしもあの時、俺が助けていたら、ノーラさんの心には全く響かず、彼女は兄上に関心を持たなかったと思います」
「…………」
「となれば、兄上が得た、今の幸せもなかったはずなのですよ」
俺が連続『口撃』を加えると、アウグストは渋い表情となる。
「うむむ、それを言われると弱い……」
「それに俺は普段いくつも仕事を掛け持ちしています。四六時中、兄上に付いているわけにはいきませんから」
「…………」
「でも、安心してください。けして見捨てはしません。万が一何かあったら、魔法鳩便で連絡をください。内容を見て、アマンダと相談し、対応を検討します」
「…………」
俺が励ましても、アウグストは無言である。
「仕方ないな」と、俺は更に、
「それに今の兄上には、ノーラさんという大事な方が居ます」
「むむ……」
「兄上とノーラさん、今の状況は友達以上恋人未満……だから、しっかりと彼女の心を射止め、愛し愛される関係になってください」
「…………」
「深い関係になれば、愛し愛される伴侶というだけでなく、ノーラさんのご両親のように戦友同士の関係にもなれます。そうなったら仕事へのモチベーションも上がる」
「た、確かに!」
「ノーラさんの持つ、先輩商人としての経験も兄上には心強いでしょう?」
エルメルさん、ヨハンナさんのご夫婦は、夫婦であり戦友。
それを地で行っている。
俺と嫁ズとの関係にも近いが、理想的な間柄だと言えるだろう。
この例えは、アウグストが目の当たりにしている分、大いに説得力があったようだ。
「う、うむ! ケン、お前の言う通りだ。私は頑張るぞ」
こうして……
再び意識改革を行ったアウグストは、更なる強い決意を持って、
リスタートする事となったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
レミネン家の面々にも、俺は『思うところ』を話した。
やはり彼等にも俺の能力を全公開せず、
転移魔法といくつかのスキルを明かしたのみだ。
転移魔法+αのスキルが使える魔法使い……
つまり彼等の主イルマリ様に近い能力を持つ、高位の人間族魔法使いだと認識して貰い、転移魔法でイエーラまで跳んで貰ったのだ。
さすがにアウグストより常識人なレミネン家の面々は、
その場でウチの商売に転移魔法を使えなどと、強引な申し入れはして来なかった。
まあ、後々の事は分からないが……
さてさて!
そのレミネン家の面々は、フェフのソウェル官邸にて、
イルマリ様に謁見し、正式に赦免された。
また、エルメルさんとヨハンナさんは、その場でイルマリ様の『顧問』になる事も命じられた。
勿論、経済担当の『顧問』である。
加えて、イルマリ様は改めて己の愚行を詫び、「故国の役に立て!」と3人を励まし、大いに期待していると仰った。
その時の事を、俺は一生忘れないと思う。
エルメルさんとヨハンナさん、そしてノーラさんは、
感極まって、イルマリ様の前で号泣してしまったから……
固く抱き合い、泣くレミネン家の3人。
赦免された当日の晩……
官邸ではレミネン家の『帰国歓迎』のパーティが華々しく行われた。
エルヴァスティ家当主であるアマンダの父、彼の妻である母も招待され、
ふたつの家族は和気あいあいという趣きで、親交を深めた。
輪の中心には、晴れやかな笑顔のアウグストとノーラさんが居る。
仲良く歓談する両家族の様子を見守る俺とアマンダは……
確かな、幸せの兆しを感じていたのであった。
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