第15話「体育会系研修」
俺がイエーラから戻って3日後の早朝……
今居るのは、ヴァレンタイン王国王都セントヘレナ、中央広場……
俺はレミネン商会の極めて体育会系的な研修に参加していた。
まあ参加と言っても、俺はスポット的な参加。
早朝の中央広場周辺を軽くランニング、加えて柔軟体操をし、
市場で買い物研修。
最後に社員さんと朝食を共にするだけという限定参加だ。
イエーラへ送った元社員達の悪質な暴行事件で、
水を差された形の研修ではあったが……
翌日からノーラさんが主導し、仕切り直して開始された。
当然ながらアウグストは参加している。
普段運動不足だったせいか、マラソンは休み休み、ゆっくり走る。
ようやく走り終わるとアウグストは「ふらふら」して、肩で息をしていた。
そしてアマンダも俺同様にスポット参加。
頑張る兄を叱咤激励していた。
更に驚いた事に……
バテ気味なアウグストを励ますのは、アマンダだけではなかった。
何と!
ノーラさんがまめまめしく、アウグストのフォローをした上、
優しく励ましていたのだ。
容姿端麗なアールヴ美女ふたりに励まされて、『やる気』を出さねば男じゃない。
アウグストがそう思って発奮したかどうかは分からないが……
研修に臨むアウグストは、今迄の『上から目線』や『いい加減さ』が完全に払しょくされ、気合が入りまくっていた。
ランニング、柔軟体操の後は、市場での特別研修。
これは命じられた商品を決められた与えられた予算の範囲内で買い、
当該商品に対する鑑識力、審美眼を磨き、知識を蓄える。
そして相手商人との会話、金額交渉の駆け引きから等のやりとりから、
商売の作法を学ぶ。
最終的には、人間社会にも慣れて貰うという趣旨で行われるものなのだ。
ちなみに……
この研修を考案したのはノーラさんのお父上、
レミネン商会の会頭エルメルさんらしい。
さてさて、今日の課題商品はアミュレット。
つまりお守り。
与えられた予算は金貨1枚まで……
俺が見ても……
護符のようなもの、指輪、ペンダント形状、置物みたいなものまで……
様々なアミュレットが市場では売られていた。
この特別研修では、更に衝撃の出来事が起こった。
何と!
人間の商人相手に対し、緊張気味のアウグストに……
ノーラさんが「そっ」と寄り添い、何かアドバイスしながら、
仲睦まじく買い物している!
さすがに俺も驚いた。
と、ここで声をかけて来たのが、我が嫁アマンダ。
「うふふ、旦那様」
「おいおい、何だい、アレ?」
「お兄様が身体を張って、ノーラさんを守ったでしょ? 私は残念ながら見る事が出来なかったけど」
「ああ、確かに守ったな」
俺は記憶を手繰った。
襲いかかる不良社員達に殴られながら、蹴られながら……
アウグストが両手を大きく広げ、仁王立ちに立ち、
必死にノーラさんを守っていた姿は、見事で雄々しかった。
そんなアウグストの健気な姿が、ノーラさんの女ごころを、
大いに刺激したに違いない。
こうなったら……
俺が助けるのをわざと遅らせ、小細工したのは絶対に内緒。
急接近したふたりの姿を見ながら……
俺とアマンダは顔を見合わせ、晴れやかに微笑んだのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
市場での特別研修も終了し……
俺達はレミネン商会の社員寮へ戻った。
俺達が帰るタイミングを計っていてくれていたのだろう。
寮母のサンドラさんが、調理人の人と一緒に俺達を出迎えてくれた。
食事を摂るラウンジからは、良い香りがしてくる。
つい、鼻が「ひくひく」動いてしまう。
ちなみに俺はイエーラに何度も滞在して、本場のアールヴ料理が大好物となった。
だからこの寮で出される食事も、全くのノープロブレム。
サンドラさんが手を「ぶんぶん」打ち振り、大声で叫ぶ。
「みなさ~ん、今日もお疲れ様ぁ! 朝ごはんの用意、バッチリ出来てるよぉ~~! い~っぱい食べてよねぇ~~!」
俺もレミネン商会のアールヴ社員達とは結構仲良くなった。
アマンダから聞いたところ、
暴行事件を起こした不良社員達の顛末を、ノーラさんとサンドラさんがしっかり説明してくれたらしかった。
今迄の付き合いで、感じたのは……
アールヴって、人間以上に倫理観が強く、筋を通す事に拘るって事。
俺が、不良社員達を人間の衛兵へ引き渡さず、故国イエーラへ送った事を、
ノーラさん達は意気に感じたらしい。
人間の俺と、アールヴのアマンダが熱々の夫婦で、義兄のアウグストとも仲良くしているのも大きかったようだ。
朝食を摂りながら……
研修の話、王都の話、ボヌール村の、そしてイエーラの話まで、
社員さん達と凄く盛り上がる。
食後のお茶タイム……
俺がくつろいでいると……
アウグストが近寄って来た。
ノーラさんも一緒だ。
ふたりは食事も、隣同士の席で摂っていた。
本当に仲が良い。
「ケン、ちょっと良いか? アマンダも一緒に……少し話が……力になって欲しいのだ」
とアウグストから相談と助力を持ちかけられた。
一体……何だろう。
「ちらっ」と見れば、アウグストもノーラさんも表情が暗い。
ちょっとだけ不安になった俺は……
誘われた別室へ、アマンダと共に向かったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます