第14話「イルマリ様、再び」

 社員寮の事件から3日後……

 レミネン商会の『元』不良社員共を連れ、俺は再びアールヴの国イエーラへ居た。


 先日アマンダが兄アウグストの性格を例えて言った、

 「青菜に塩」のことわざではないが……

 俺とアウグストを罵倒し、大立ち回りを演じた上、雇い主の愛娘ノーラさんをも襲うとした外道……

 あれだけ大暴れした不良社員3人組も、借りてきた猫のように変貌。

 全然大人しくなっていた。


 そりゃ、そうだろう。

 冷静になれば、己が払った代償のあまりの大きさに気付くってもの。

 人生が完全に暗転したと言えるのだから。


 彼等がレミネン商会へ入社して何年目とか詳しい事情は知らないが……

 これまで積み重ねて来た実績と経験が一気に失われ、

 全くの無になってしまった。


 多分、彼等の人間に対する蔑視は本音だった。

 しかし人間と取引する商人としてやって行くのならば……

 けして表に出してはならない気持ちや価値観だといえる。


 俺はまず単独でイルマリ様に会った。

 そして事件の発生と経緯、顛末を話すと、

 案の定、彼は激怒した。


 しかし……

 考えてみて欲しい。


 主に命じられ、世界征服を狙う狡猾な悪魔メフィストフェレスが絡んでいたとはいえ……

 最初は俺に対して、否!

 元々、イルマリ様自身、人間に対する偏見は凄まじかった。


 だから彼等を一方的に責める事は出来ない、俺はそう思っている。

 俺が自分の考えを言葉を選びつつ、遠回しに告げたら、

 イルマリ様は困惑し、口籠ってしまった。


「ならば、ケン。お前の考えを聞こう」


 今後の事もある。

 俺は偽らわざる気持ちを告げる事に決めた。


「イルマリ様、本音で言いましょう」


「ああ、頼むぞ、ケン。……本音で話してくれないか」


 改めて、イルマリ様を見た。

 彼の表情は真剣だった。

 まあ、俺と話す時、彼は常に真剣なんだけど。


「分かりました……俺の話はふたつあります」


「話がふたつ……」


「はい。まずひとつ、イルマリ様の為すべき事」


「私の?」


「ええ、アールヴと人間が偏見なく折り合える事に尽力して頂く事です」


 はっきり言って3人組の処遇より、これが俺の望む事。

 高難度なのは分かり過ぎるくらい分かっている。


 メフィストフェレスくらい、いい加減なタイプなら、

 生返事ひとつで請け合うが、イルマリ様は超が付くまじめさん。


 眉間にしわを寄せうなってしまう。


「ううむ……」


 だけど……

 唸っているのは、今もイルマリ様がこの悪習を容認しているからではない。

 

 国民のというより、古代から一族の考え方として、綿々と受け継がれて来た、

 排他主義であるからだ。


「長年に亘って、積み重ねられた悪しき主義であり価値観ですから、払拭する事は容易ではないでしょう」


「…………」


「時間も相当かかるし、道のりも困難でしょう。……でも頑張ってください、当然俺も協力します」


「分かった、ケン! 全力を尽くす事を約束しよう」

 

 まずはひとつ目の話をクリア―、

 すかさずイルマリ様が尋ねて来る。


「で、もうひとつは?」


「はい! 我が嫁アマンダへも危害を加えるとほざいた彼等の暴言はけして許せません。はっきり言って八つ裂きにしてやりたい」


「…………」


 彼等がアマンダへ危害を加えると言った時……

 俺は殺意の塊だっただろう。

 大悪魔と互角に渡り合う男を怒らせた……

 

 イルマリ様が黙ったのは、そんな気持ちを持ったからに違いない。

 俺に対し、畏怖いふの念を示す波動が伝わって来たから。


 でも当然、俺の話はここで終わりはしない。


「しかし、イルマリ様! 我が兄アウグスト同様、もう一度だけ彼等へ更生のチャンスを与えてやってください。お願い致します」


 俺の提案を聞き、イルマリ様は安堵した様子だ。

 軽く息を吐いたイルマリ様は、


「……うむ。被害者のお前からそう言って貰えると、正直ありがたい」


 俺は場の雰囲気を和らげる為に苦笑し、更に話を続ける。


「彼等には、犯した罪の理由を告げた上で、理解させ、相当する処罰をしっかりとすべきです。そうでないと彼等自身に罪を犯した意識はない」


「うむ……確かに」


「何故ならば先ほど話した、人間に対する偏見が彼等の心に根付いているからです。ただ運が悪かった、そうとしか思いませんから」


「…………」


「その上で、彼等の心のケアもしてやってください」


「…………」


「大丈夫ですよ! 更生出来ます。現にイルマリ様ご自身がお手本ではないですか」 


「ははは……だな!」


 イルマリ様は苦笑した。

 自分の過去――『黒歴史』を思い出し、納得した様子だった。

 そして何かを言いかける。


「ケン、それと……」


「それと? 何です? イルマリ様」


「実は……いや、なんでもない。今はやめておこう。とりあえずお前の期待に沿うよう、私は頑張るとしようか」


 そんなこんなで……

 今回の事件の決着はついた。

 申しわけないが、後はイルマリ様が上手くやってくれると思う。


 でもイルマリ様は……

 確かに『何か』を言いかけた。

 何か込み入った事情かもしれない。

 彼は一体、俺へ何を告げようとしたのだろうか?


 こうして……

 俺は『元』不良社員共をイルマリ様へ託すと、イエーラを後にし、

 再びヴァレンタイン王国王都へ向かったのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る