第3話「打たれ弱い兄」
調子に乗り、あまりにも不毛な会話を繰り返す兄に対し、妹アマンダが使った禁じ手の叱責。
すなわちアウグストが犯した反逆罪の執行猶予、
及び俺達がソウェル、イルマリ様から全権委任のお墨付きを貰っている事を改めて知らしめたのだ。
このふたつの『強力な切り札』を使われては……
常に上から目線で
アウグストが大人しくなり、素直に言う事を聞くようになったのは良かった。
しかし「薬が効き過ぎた」と言えなくもない。
何を言っても聞いても、か細い声で「はい……」としか答えなくなってしまったから。
これでは駄目だ。
覇気がない商人など、厳しい商いの荒波をかきわけ進んで行けるはずもない。
「アマンダ、ちょっち、やり過ぎたかな?」
心配する俺に対し、アマンダはひたすら強気だ。
「いえいえ、お兄様には良い薬です」
「でもさ、これだけ元気がなくなったらまずいんじゃ……」
「いえ、お兄様は幼い頃から、全く変わっていません。青菜に塩ですが、すぐ立ち直って元気になります」
「そうかなあ……」
「大丈夫ですよ、旦那様。お兄様の事は私に任せて、イルマリ様にお会いして大切な用事を済ませてくださいな」
アマンダの言う通りである。
俺はイルマリ様に会わなくてはならない。
今回イエーラへ来たのは、アウグストの件だけではない。
例の対悪魔作戦立案の為の4者会談開催の話を、イルマリ様へ直接伝える目的もあった。
とりあえず愛する嫁の指示に従おう。
俺は外出し、イルマリ様の居住するソウェルの館へ赴いたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
こちらも事前に連絡していただけあって取次ぎはスムーズだった。
俺はすぐイルマリ様の執務室へ通された。
初対面の時と全く違い、イルマリ様は笑顔で俺をねぎらってくれた。
ちなみに、会話は肉声である。
「おお、ケン。良く来たな」
「ご無沙汰しておりました」
「うむ、いろいろ聞きたい事もあるが……まずはお前から現状報告してくれないか?」
「了解です」
俺はヴァレンタイン王国宰相レイモン様、そして妖精王オベロン様に会って、俺を含めた4者会談実施の了解を貰ったと伝えた。
レイモン様、オベロン様のふたりとも悪魔の脅威を認識してくれ、種族の垣根を超え、協力の意思を示してくれたとも。
そして安全の為、会談は俺の魔法により、夢の中で行うと伝える。
前世でいえば、オンラインによるテレビ電話会談のようなものだと言えば、分かり易いだろう。
イルマリ様もふたりの首脳と同様に、大同団結の意思を示してくれる。
「良くやってくれた。我がイエーラも対悪魔戦では全面協力しよう。だが、妖精王オベロン様にも会ったのか? 驚いたぞ、私でさえ会った事がないのにケンは二度目か……」
「はい、ティターニア様にもお会いしました……娘との旅の途中、成り行きで妖精の女の子を助けたら、アヴァロンへ招かれたのです」
「アヴァロンへ!? ますます驚いた」
イルマリ様はそう言うと、軽く息を吐いた。
そして言葉を続ける。
「それで、悪魔どもの動きは?」
「今のところ、目立った動きはありません。でも警戒を怠ってはいけないと思います」
「同感だ。パニックに陥るから国民には伝えていないが、信頼出来る部下のみに伝えてある、備えも着々と行っている」
「賢明なご対応です。ところでもうひとつの課題である国内の経済対策の方はいかがです?」
「順調だ。クラウスが心を入れ替え、国民の為に日々奮闘している」
良かった。
反逆の首謀者クラウスが改心して頑張ってくれている。
ならばと、俺からも報告を入れる。
「成る程。こちらも我が兄アウグストを商人に育てる段取りを組みました。時間は少々かかるかもしれませんが……」
「うむ、あいつは全くの素人だからな」
「はい! まずはヴァレンタイン王国の商会に出向いて、商人の心構え等を聞き、彼を研修させるつもりです」
「そうか! 期待しているぞ。お前の指示に従わなかったら、遠慮なく私の名を出すが良い」
「お心遣いありがとうございます」
「ふむ、アウグストにはやる気を出させるよう、国を担えるような商人になれ、私がそう期待していると伝えてくれ。そしてケンとアマンダには絶対従えともな」
イルマリ様はアウグストの気性を見抜いていて、いろいろ気遣ってくれた。
ありがたいと思う。
しかし『個人の夢レベル』のはずのアウグストの商人転身が、
いつの間にか国家規模の話と化しているのには驚いた。
こうなると、俺も慎重となる。
ちょっと叱っただけで、あの落ち込みようだから。
アウグストには変なプレッシャーを与えたくない。
言い方には細心の注意を払うと決めた。
「了解しました。重ね重ねお伝えしますが、アウグストの育成にはある程度お時間を頂きたく」
「ああ、頼むぞ」
という事で、他の案件に関してもいくつか話し……
俺とイルマリ様の会談は終了したのであった。
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