第4話「出発前」

 アマンダの両親への顔見世、イルマリ様との会談等、イエーラでの主な用事はほぼ終わり……いよいよ出発の日が迫っていた。


 アマンダ兄アウグストを連れた俺達の旅の最初の目的地、

 まずは、ヴァレンタイン王国の王都セントヘレナを目指す。


 ここイエーラの都フェフから南へ……

 まともに行けば馬で約10日、馬車だと2週間はかかる。


 今、俺達が居るのは、エルヴァスティ家の別宅。

 現在はアウグストの自宅となっている。

 少し前からアウグストは旅立つ準備をしていた。

 邸内の荷物を整理し、仕えていた使用人達は実家へ『移籍』して貰っていた。


 人の気配が少なくなったこの別宅で、俺とアマンダ、そしてアウグストは出発前の打合せをしているのだ。


 アウグストはずっと言葉少なである。

 先日、アマンダに脅された事だけが原因ではなかった。


 あれだけ旅に出たがっていたのに……

 「いざ出発!」となった時点でアウグストは臆している。

 生まれて初めてフェフから出る寂しさ、未知の土地への不安と、長旅の辛さ等を感じ先行きを悲観しているようだ。


 俺は、「仕方がないな」という苦笑顔くらいだが……

 妹のアマンダはとても呆れているようだ。

 かける言葉も辛らつとなる。


「お兄様、いよいよ出発だというのに、貴方から全く覇気を感じません。いったいどうしたのですか?」


「いや……いざ故郷を離れるとなると、少しだけ不安でな。望郷の念が押し寄せて来ているのだ」


「望郷の念? ……情けない。家業である泉の管理人の座を投げ捨ててまで、商人になる自分の夢を叶える覚悟なのですよね?」


「そ、それはそうだが……」


「ならば! 故郷を出るくらいなんですか? 二度と戻らないわけでもなし」


「ど、ど、道中は……長く危険な旅だと聞いているから心配で……」


「当たり前です! 王都までの約2週間、魔物を筆頭にして、狼に熊、山賊、強盗、おいはぎなど何でもござれの旅ですよ」


「う、うわあ! そ、そんなに? た、たくさん出るのかっ!? こ、こ、怖いっ!」


「はあ……」


 アウグストの泣きごとを聞いたアマンダは、大きなため息をつく。


「大丈夫です。とりあえず護衛役としてケンが居ますから」


「そ、そうか! ケンが居るんだよなっ!」


 アウグストは安堵し、俺へ両手を合わせ、拝むように頭を下げる。


「ケ、ケン! よ、宜しく頼む! わ、私をしっかり、ま、守ってくれいっ!」


 今迄、アウグストには伝えていなかった。

 俺が『ふるさと勇者』であり、高位の魔法をガンガン使える事を。


 当然王都までも転移魔法で「ぱぱっ」と行く。

 道中の危険は殆ど無い。

 それをアマンダは知っているはず。

 なのに、兄をここまで脅したのは、情けない兄の緊張感を解かないようにする為。

 俺はそう解釈した。


 でも、そろそろ種明かししても良いのでは?

 と、俺が思ったら……


 勘が鋭いアマンダが早速フォロー。

 苦笑している。


「お兄様、大丈夫ですよ」


「へ?」


「危険はほぼありません。ケンが魔法を使いますから」


「そ、そうだな……ケンが魔物など魔法で簡単に追い払ってくれる」


 何だか……

 まともな会話になっていないようだ。

 俺とアマンダは顔を見合わせ、再び苦笑したのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 話がまどろっこしくなるので、俺はカミングアウトする事にした。

 でも俺が伝えてもアウグストは信じないだろう。

 だから実妹のアマンダから告げて貰う。


「な、何ぃ!? て、て、転移魔法だとぉ!?」


「そうです、お兄様。だから安全ですし、時間も凄く節約出来ます。一瞬で目的地へ着きますから」


「ば、馬鹿な! ケン如き人間が究極ともいえる転移魔法を使えるのか? 我がアールヴ族でもイルマリ様と数人の側近しか習得しておらんのだぞ」


「ケン如きって、失礼な……現にケンと私はボヌール村から転移魔法で来ました」


「な、成る程! そ、それは素敵だ!」 


 ようやく納得したアウグストは……

 次に、俺へ好奇と期待の眼差しを向けて来る。

 そして、高らかに笑いだす。


「あははははっ」


「…………」


 俺が黙って、苦笑していると、

 アウグストのセリフはどんどんエスカレートして行く。


「ケン! やはり、持つべきは素晴らしい弟だなっ」


 手のひら返しなアウグストのセリフに、俺は曖昧に返すしかない。


「は、はあ……」


「お前の転移魔法を使えば、私は楽して……否! とても効率的に世界を回る事が出来る。すぐ大商人になれるだろう! それにイエーラへもすぐ帰って来れる!」


 確かにそれは、そうだが……


 俺はさすがに口ごもる。


「ええっと……」


「ケン、喜べ! お前を腹心にしてやる! 偉大なる大商人アウグスト様、第一の部下なんだ、光栄に思えっ!」


「…………」


「おお、部下は嫌か? そうか、お前は身内だからな。よし! 私と組もう! ビジネスパートナーという奴だな?」


 アウグストは完全に自分の世界へ入っていた。

 と、ここで、黙って聞いていたアマンダが、遂にぶち切れた。


「お兄様!」


「な、なんだ、アマンダ。いきなり大声を出して」


「出したくもなります! お兄様には自立心というものがないのですかっ!」


 アマンダの厳しい指摘に対し、


「自立心? ははは……ないっ!」


 しれっと、アウグストは言い切った。

 驚き、目をみはるアマンダ。


「な!? 何て事を!」


「当たり前だろう? 簡単な理屈さ」


「簡単な理屈?」


「そうだ! 私ひとりでは商人になるなど到底無理さ。だからお前とケンが助けてくれるのだろう?」


「あ、呆れた……」


「アマンダよ、何故呆れる? お前の理屈の方がおかしいぞ。身内であるケンの力を借りてどこが悪いんだ? あはははは、ラッキー! 転移魔法ばんざ~いっ!」


 ひとり有頂天になるアウグストを……

 俺とアマンダは醒めた目で見つめていたのだった。

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