第17話「エデンを継ぐ者」

 新人女神達の研修はひと区切りがついた。

 自分ではけして満足はしていないけれど、管理神様が研修の終了を宣言したからだ。

 このような時、もう少しやりようがあったかと少しだけ後悔と未練が残るのが俺の性分。

 これは転生前から変わらない。


 でもまあ、良い。

 全てが終わったし、その場その場で俺は全力を尽くした。

 そう思って割り切った。

 このように立ち直るのもいつもの事。


 夢の世界から目が覚めたら、日々の現実世界が俺を待っている。

 午前中に汗水たらし、村の畑で働いた俺は、

 午後にはクーガー、レベッカを伴い東の草原と森へ狩りに出かけた。


 前にも言ったが、今回の研修の件は嫁ズにも告げてはいない。

 全て俺の胸に仕舞ってある。

 何となく、天界の守秘義務って奴が気になったからだ。


 さてさて!

 話を戻せば、狩りは大成功。

 たくさんの獲物をゲットした。


 意気揚々と帰還した俺、クーガー、レベッカは村民達へ肉をお裾分けした後……

 早速中央広場で、バーベキューの準備を始めた。


 当然、我がユウキ家の家族だけではなく、村民も参加自由のうたげである。

 肉をお裾分けした家庭はオミット?


 いえいえ、そんな事はない。

 けち臭い事は言わない。

 肉以外、野菜も農作業の後に確保し、留守番組の嫁ズに下ごしらえをして貰った。


 そんなこんなで準備完了。

 肉を焼き始め、宴が軌道に乗ったら、俺は正門脇の物見やぐらへ……

 3時間ほど、今日の警備当番であるレベッカ父ガストンさん、そしてアンリと見張りを交代するのだ。


 俺が正門方面へ、「とことこ」歩いていたら……


「旦那様ぁ~~」


 背後から呼ぶ声が。

 振り向かなくても分かる。

 この声は、我が嫁クッカだ。


「お~う、クッカ」


 ここで俺は振り向いて、クッカへ手を振る。


「えへへ、私も一緒に行きます!」


 成る程、俺とふたりで話したい事があるんだ。

「ピン」と来た俺はOKという意思を込め、手を差し出した。

 クッカも思い切り手を伸ばし、しっかり俺の手を握った。


 何となく……

 クッカが新人女神だった事を思い出した。

 俺みたいに指導教官の神様が居たのかと思う。


 ……そのままゆっくりふたりで歩いて行く。

 やがて正門と物見やぐらが見えて来た。


「おう~い、ガストンさ~ん、アンリ~、交代だぁ」


 俺の張り上げた声が届いたのだろう。

 ガストンさんとアンリも手を大きく打ち振っている。


 応えて、こちらも手を大きく打ち振った俺とクッカは、

 顔を見合わせ、にっこり笑ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 礼を言うガストンさん達をバーベキューへ送り出し……

 ふたりと交代して、俺とクッカは物見やぐらへ登った。

 

 午後早めに準備をし、バーベキューを開始したので、時間帯はまだまだ夕方。

 真赤な太陽が遠くの地平線へ沈もうとしていた。


 俺とクッカはしばらく無言で、一日の終了、『日没』を見つめていた。

 果たしてクッカは俺へ何を話したいのだろうか?

 大体予想はつくし、心を読めば簡単なのだが、ここは待ちの一手だろう。


 案の定というか、10分ほど経って、クッカから話しかけて来た。

 場所柄、誰に聞かれるわけではないが、会話の内容を内緒にしたいらしく、肉声ではなく念話である。


『旦那様』


『ん?』


『旦那様とタバサが帰って来てから、まだ3人でゆっくり話していませんでしたね』


 俺は同意して頷いた。

 そもそもタバサの将来を見出す為に王都への旅をした。

 子供から卒業して大人への一歩を踏み出すという趣旨で。


 嫁ズだけには伝えたが、王都だけではなく、

 妖精の国アヴァロンにも旅するという劇的な展開となった。

 その流れで、ティファ達父娘が村へ来るという余禄もついた。


『だな。妖精父娘の件とか、いろいろあったから』 


『ええ、でも……』


『でも?』


『タバサったら、旅行してからは、凄く変わりましたよね?』


 うん、クッカの言う通りだ。

 タバサは大人への階段を一歩どころか、一気に駆け上がった、そう思う。


『ああ、変わったな。とても前向きになった』


『それに以前から優しく思い遣りのある子でしたけど、何て言うか柔らかくなりました』


『へぇ、柔らかくなった、か。さすがタバサのママだ、上手い表現だな』


『ええ、責任感も一層感じられますよ。完全に子供達のリーダーって感じね』


『うん、この前クッカには伝えたけど、改めて言おう。あいつ、俺の跡を継ぐって言ってる』


『それって武器を持って敵と戦うって事かしら……旦那様から聞いてから、ずっと気になっていたけれど』


『いや、タバサ自身が戦うという事は殆どないだろう。あくまでも俺の私見だが、あの子はどのような相手とも付き合えるバランス感覚の良さがあるから』


『どのような相手とも付き合える……バランス感覚の良さ……』


『ああ、タバサは王都ではレイモン様とも、アヴァロンではオベロン様、ティターニア様とも上手くやっていた。素晴らしいと思うよ』


『ええ、ならばタバサはふるさと勇者というよりも、いろいろな種族が一緒に暮らす私達のボヌール村を、つまりオベロン様達が仰った楽園エデンを継ぐ者……そっちの方がピッタリね』


 ボヌール村、すなわちエデンを継ぐ者?

 タバサが……

 

 思わず俺は「じん」と来た。

 と、ここで思いついた事がある。

 この素敵な『ふたつ名』を発案者のクッカから愛娘タバサへ告げて貰う事だ。


『その言葉……とっても良いと思う……だから今度はクッカから、タバサへ伝えてくれないか?』


『私から?』


 一瞬訝し気な表情となったクッカだが……

 すぐ俺の意図に気付いたようだ。


『ありがとうございます、旦那様。じゃあ母親として私がタバサに伝えるわ』


 真赤な夕陽を浴び、にっこり笑ったクッカの笑顔が、一層眩しかったのはいうまでもなかったのだ。

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