第23話 「妖精と3人で②」

 ここはヴァレンタイン王国王都セントヘレナの中央市場……


 アマンダから聞いた『ブリアン商店』は、その一画にある。

 前世で言うのなら、カフェコーナーを設けたイートインスペース付きのパン屋さんだ。


 しかし近代的なパン屋にはない、趣きのある店舗の重厚さ、創立100年を超えた歴史の重みを感じる渋い店である。

 当然、店内はパンが焼ける独特な香ばしい香りに満ちてもいる。

 アマンダ曰く、王都の市場ではナンバーワンベーカリーの名を不動とする有名店だという。


 ちなみに同商店では、モーニングセットで出すチーズはデリダ商店製、牛乳はロロット商店製という各々王都ナンバーワンの有名店と提携、万全の態勢でお客をもてなすというモノ凄いこだわりようである。


 ブリアン商店のカフェコーナーはいつも混んでいるらしい。

 何と!

 下手をすれば「1時間待ち」くらいの行列にもなるという。


 なので、アマンダから伝授された『裏技』を使った。

 ホテルセントヘレナのフロントから彼女の紹介という形で予約連絡を入れて貰ったのだ。


 効果はてきめんだった。

 イートインスペース片隅のテーブルに『リザーブ』と記された札が載っていて、席の予約はバッチリ取れていた。


 かつて白鳥亭を営んでいた頃、アマンダはブリアン商店の上得意だったらしい。

 その威力が功を奏したといえる。


 さてさて!

 俺は、メニューを渡し、タバサとティナから希望を聞いた。

 早速オーダーを入れる。

 

 改めてチェックすると、この店のモーニングメニューは到ってシンプルである。

 だが凄い人気があるのも頷ける。

 大いに納得出来る。


 通常の倍はある大型サイズの焼き立てパンは日替わりで10種類、同じくチーズは5種類、ピッチャーほどもある大型マグカップの新鮮な牛乳はホットかアイスの2種類。


 好きなものをそれぞれひとつずつ、どのように組み合わせても値段は全く同じ。

 たった300アウルム、日本円で約300円、銅貨3枚ぽっきりなのである。


 ちなみにパンの種類は多種多様。

 この異世界では、前世西欧のいろいろなパン、つまりドイツ、フランス、イタリア等のパンが混在しているようだ。


 まあ、無茶な設定といえばそうだが、お陰で場所と時代を超えたいろいろなパンが食べられてありがたい。


 ふと見やれば、タバサがさりげなく、店の内装やメニュー等をチェックしているのが印象的である。

 彼女が店の経営と運営にとても興味があると言ったのは、子供特有の単なる気まぐれからではなさそうだ。


 一方、ティナはといえば、目をキラキラさせ鼻をひくひく動かしている。

 水の妖精グウレイグ同様、パンとチーズが大好物というのは、本当らしい。


 やがて……

 俺達3人が頼んだセットがスタッフにより、テーブルへと運ばれた。


「わぁ!」

「おお!」


「へぇ!」


 タバサ、ティナ、そして俺の口から感嘆の声が漏れる。

 どれもこれもとても美味しそうである。


 タバサのセットはプンパニッケル、クリームチーズ、ホットミルク。

 ティナのセットはクロワッサン、カマンベールチーズ、アイスミルク。

 そして俺はといえば、ワリサー・ブロート、ゴーダチーズ、アイスミルクのセットだ。

 

 余談ですが……

 俺達がオーダーしたパンの形状や味が分からないという方はどうぞ検索等で調べてくださいませ。

 きっと食べたくなるはずです。


 閑話休題。


 ティナに「頂きます」を教えてから、早速、皆で食べる。

 パンは焼き立て、チーズは香ばしく、牛乳は搾りたてという感でとても美味しい。


「ティナ、お願い。クロワッサン少しだけ頂戴。タバサはいろいろ食べてみたいわ」


「構わない。じゃあタバサのプンパニッケルもお裾分けして」


「全然OK!」


 タバサとティナはパンだけでなく、チーズもシェアし、終いには俺のパンとチーズも欲しいとおねだりして来た。

 当然、惜しみなくナイフで切り分けてやる。


 ふたりは大喜びし、食べながら楽しそうに話している。

 その様子を見ながら、ふとアマンダの言葉を思い出す。

 彼女が営んでいた『白鳥亭』では魅力的なハーブ料理に、種族の区別なくたくさんのお客が訪れていた。


『うふふ、私の作るハーブ料理は完全にアールヴ向けで独特の味付けですけど、皆さん喜んで食べてくれました。改めて料理に国境はないと感じました』


 イエーラからの帰途、一緒に大空を飛びながらアマンダははっきりと言い切った。

 その通りだ、と俺は思う。


 料理に限らず……

 素晴らしい文化に国境はない。


 アマンダの店は勿論、目の前のタバサとティナが然り。

 また、タバサと鑑賞した美術館には……

 人間だけではなく多くの異種族、アールヴやドヴェルグまでが熱心に鑑賞する様が目に留まったから。


 種族のアイデンティティ、信ずる対象等々、文化はいろいろ異なれど、

 お互いを認め、尊重し、共有出来る部分を見い出せば、必ず仲良くなれる。


 俺はそう信じたい、否、そうなって欲しいと望んでいる。

 別れを告げる際、オベロン様、ティターニア様も俺と同じ理想を望んで、あの虹を真っ青な大空にかけたに違いないから。


 だが、言うは易く行うは難し。

 前世がそうであったように、俺達親の世代ではそうなるのは難しいかもしれない……

 この異世界でもつまらない事が原因で、いがみ合い、争う事は絶えない。


 しかし、

 タバサ達次の世代が素敵な将来を迎えられるように、俺達大人が精一杯頑張りたい。

 明るい未来へ向かって、良い種まきが出来るよう努力したい。


 と、その時。

 つらつら考えていた俺の耳へ、可愛らしい声が飛び込んで来る。


「パパ、お代わり!」

「ケン、私もお代わり!」


「了解!」


 俺はタバサとティナへ微笑むと、

 勢いよく手を挙げ打ち振り、店のスタッフを呼んだのである。

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