第19話 「アルベルティ―ナ」

 念の為、俺が事前にかけた『鎮静』の魔法が効いたようだ。


 ……目覚めた妖精は、慌てず騒がずで、落ち着いていた。

 やがて……

 ゆっくり半身を起こすと、開口一番。


『あなた達は人間?』


 そして、


『どこの誰? ここはどこ? どうして私はここに居るの?』


 念話で告げられた妖精の質問は至極当然のモノである。

 俺だって同じ状況に置かれたら、このような質問をするだろう。

 じゃあ質問に答えてやるか……


『ええっと、では簡潔明瞭かんけつめいりょうに伝えよう』


『簡潔明瞭?』


 意外にも、言葉尻を捉えられたが、説明が面倒なのでとりあえずスルー。

 俺はそのまま話を続ける。


『俺はケン・ユウキ、こっちは俺の娘のタバサ。お前の言う通り、ふたりとも人間だ。そしてここはヴァレンタイン王国という人間の国。その王都セントヘレナにあるホテル……つまり宿泊施設さ』


『…………』


『お前は人間に擬態した悪魔に囚われ、王都の街中で見世物になっていた。それを俺達が救い出し、ここへ連れて来た』


『…………』


『そういうわけだ、じゃあそっちも名乗って貰おうか』


 これまでの経緯と、俺達が何者なのか、妖精には伝わっているはずである。

 しかし彼女は先ほどから無言を貫いている。


『…………』


『どうした? 名乗らないのか?』


 俺が促すと、妖精は俺をキッと睨む。


『お前の言葉遣いが極めて不愉快です。だから名乗りません』


『俺の言葉遣い? じゃあどう言えば良いんだ?』


『ちゃんと敬語を使いなさい。そして高貴な妖精である私を敬い称えるのです』


 そうか、この妖精は人間を見下しているんだ。

 先日会った妖精の末裔であるアールヴもそうだし……

 

 そういえば、初めて出会った時のオベロン様とテレーズことティターニア様も、

 凄~く上から目線だった。

 まあ一般的な、人間に対する妖精からの、見方や考え方は学習したぞ。


『ふ~ん、成る程』


『納得しましたか?』


『ああ、お前の妖精的な考え方に一応納得はした。だが断る』


『な、なんですって!?』


『何を驚く? それにさっきから順番が違うだろ?』


『順番が?』


 おいおい、驚くなよ。

 いくら価値観が違うからって共通的な認識はあるだろうに。


『相手に名前を聞く時は、まず自分から名乗るもんだ』


『むうう……』


『それから俺とタバサでお前の命を助けた。それなのに礼のひとつも無しか?』


『礼など必要ありません! 悪しき人間が私をさらったのだから、人間のお前が助けるのは当たり前です』


『どういう理屈だ、そりゃ。それにお前をさらったのは人間ではなく、悪魔だって言っただろ』


『悪魔!?』


『ああ、憶えていないのか? 黒い法衣ローブを着ていた木っ端悪魔だ。呼び掛けたが奴は降伏しなかった。その上、人間を皆殺しにすると抜かしたからな。さくっと倒しておいたよ』


『倒した!? お前が悪魔を? な、何者なのですか、お前は!』


『おいおい、さっきから質問ばかりか?』


『…………』


『で、都合が悪くなるとダンマリかよ? 態度を改めないのなら仕方がない、お前を少し預かった上、アヴァロンに連絡して、オベロン様にでも引き取りに来て貰おうか』


『い、い、今!? ななな、何と言ったのです!?』


『聞こえないのか? オベロン様に迎えに来て貰うと言った。ティターニア様でも構わない。でも本当に久しぶりだから、ふたり一緒に会いたいな』


 そう言いながら、俺はひどく懐かしくなった。

 ふたりが別れ際に、プレゼントしてくれた美しい光景……

 

 多様性、共存の象徴……

 真っ青な大空にかかった巨大な虹を、俺は一生忘れない。 


『オベロン様どころか、ティターニア様にも面識があるのですか! お、お前は一体! な、何者なんですかぁっ!』


 再び、とがめるような妖精の声が響いた瞬間。


「あはははははっ!!」


 弾けけるような肉声の笑い声が、広いスイートルームに響いた。


 俺と妖精のやりとりを念話で聞いていたタバサが、

 あまりの堂々巡りが面白くて、つい大笑いしてしまったのだ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 彼女の主、妖精王オベロン様、同女王ティターニア様が、

 俺と懇意だと分かると……

 妖精は一気に心を許した。


『全く知りませんでした! 大の人間嫌いなオベロン様に人間の友が居たとは』


『うん、それよりオベロン様達はご健在かな?』


『ええ、お元気です。長き旅よりお戻りになってから、おふたりはずっと仲睦まじい。以前は良く口喧嘩をされていましたが……』


 そこまで言って、妖精は「しまった」という表情をした。

 

 ああ、分かるよ。

 俺は『失言』に気付かないほど、ぼんくらじゃない。

 ましてや、それをぺらぺら吹聴ふいちょうする野暮でもない。


『大丈夫さ、余計な事は一切言わないから』


 俺がそう言うと、妖精は吃驚びっくりしていた。

 綺麗なブラウンの目が真ん丸になっている。


 そしてぽつりと呟く。


『お前は……案外、良い奴なのですね』


『案外良い奴って……それより、早く名乗れよ』


『了解です! 私はアルベルティーナ、お前人間達がピクシーと呼ぶ妖精です。この度は助けて頂き、恩に着ます』 


『おお、アルベルティ―ナか。俺はケン・ユウキ、改めて宜しくな』 

『私はケンの娘タバサ・ユウキです。宜しくお願いします』


 すったもんだした挙句……

 ようやく妖精……アルベルティーナが名乗った。

 併せてしっかり礼も言ってくれた。

 改めて、俺とタバサも交互に名乗った。


 更に俺は今後の予定を示す。


『アルベルティーナ、さっきも言ったが、このホテルで少し静養して貰う』


『あ、ああ……そうですね』


『静養後、元気になったらお前をアヴァロンへ送り、俺達はボヌール村へ帰ろうと思っている』


『そうして貰えればありがたいのですが……そこまでして頂き宜しいのですか?』


『構わないさ。それよりお前はずっと眠っていた。お腹は空かないのか?』


『お、お腹?』


『ああ、俺は以前聞いた事がある。グウレイグという湖に棲む妖精はパンとチーズが大好物だというが……』


 俺がそう言うと、アルベルティーナは少し頬をあからめる。


『お前は……いや、貴方は本当に気が利く良い人間ですね……実は私もパンとチーズには目が無いのです。加えて美味しいクッキーさえ貰えれば食べ物に文句は言いません』


『わぁ! それタバサと一緒!』


 またも傍らで聞いていたタバサは……

 今度は笑い声ではなく、大きな歓声をあげたのである。

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