第18話 「救出」

 何の罪もない妖精をさらい、金を取って見世物にする。

 逃がさない為には、彼女の命など全く考えない非道、鬼畜っぷり……

 

 解放を求めた俺に対し、

 「王都市民を皆殺しにする」とまで脅した。

 いや、脅しではなく、あの悪魔はためらいなくあっさり実行していただろう。


 そんな奴には死あるのみ!

 

 強がり、自分の不死を誇っていたが……

 俺の指先ひとつどころか……

 思念のみの無詠唱魔法で呆気なく倒された。


 まあ、たかが下っ端。

 所詮敵ではない。


 しかし、こいつはあの『大いなる主』、

 つまり魔王軍配下かもしれない。

 

 だとすれば、すぐにこの顛末てんまつが『幹部』メフィストフェレスにも伝わるだろう。

 当然怒るだろう。

 少なくとも、ひどく不機嫌にはなるのは間違いない。

 逆上して、嫌な『工作』を再び仕掛けて来るやもしれない。


 しかし俺は平気。

 全くノープロブレム。

 

 気を付けねばならないが、怖がってばかりいても仕方がない。

 ふりかかる火の粉は自ら払わなくてはならない。


 そもそも、

 俺はオベロン様とティターニア様夫妻が大好きだ。

 

 オベロン様は親友同様で、ティターニア様はタバサと同じく我が愛娘。

 ふたりの同胞であり、助けを求める妖精を見捨てるなんて出来ない。

 悪魔に見世物にされ、瀕死に陥っていたから尚更だ。


 更に俺は魔族といえど、仲良く平和に暮らすのが一番だと思っている。

 そもそも相手が先に何もしなければこちらから攻撃などしない。

 「基本、専守防衛」だとはっきり宣言している。

 

 但し、理不尽にやられたら……

 確実にやり返す、ただそれのみだ。


 そもそもメフィストフェレスの方から……

 イエーラで先に仕掛けて来た上、散々俺をいじっておもちゃにした。

 一旦は俺を本気で殺そうとした。

 

 そして悪魔共は、既に俺達へ宣戦布告している。

 魔界に飽きた大いなる主は『地上の支配者』になるとはっきり告げているのだ。

 

 俺は決めている。

 もしもメフィストフェレスが……

 大切な家族や仲間に手を出したりしたら、

 『おおいなる主』共々絶対にぶっ潰してやると。

 だから、今回も自分の信念に従った。

  

 悪魔は基本不死だというが……

 さっき倒した奴同様、二度と復活出来ぬよう……

 魂を粉々に砕き、肉体を八つ裂きにするくらいまで考えている。

 そこまでストレートに言えば、タバサが怖がる。

 だからそこまでは宣言しないが。


 さてさて、

 幸い『妖精の見世物』まだ始まっていなかった。

 だから人間に擬態した悪魔が突然消えても観客は騒がない。

 本番前に行われるマジックのリハ―サルだと思っている様子だ。


 しかしクランのリーダーに化けていた悪魔を失い、配下の人間冒険者達は見世物の興行を行うどころではなく、右往左往している。


 よし!

 このどさくさに紛れて、妖精を助けよう。

 

 助け出したら、俺が空間魔法で創った亜空間へ一旦収容する。

 更に、治癒の魔法もかけないと。


 妖精を閉じ込めていた魔法の檻は悪魔が作った魔道具らしい。

 製作主が消滅した今、魔力がどんどん弱まっている。


 今がチャンスだ!


 ちなみに、俺が密かに練習していた魔法は、魔力吸収だけではない。

 まだまだ対悪魔用の隠し玉はたくさんある。

 ここはもうひとつ使おうか。


 この場で俺が目立ってはまずいから……

 遠当ての魔法を使う。

 

 え?

 遠当てって何だって?


 うん、遠当ては、俺が勝手に名付けた。

 文字通り遠くから当てる事。

 触れずに当てる力、すなわち念動力だ。

 いわば、超能力的な魔法なのだ。


 だが、あまり乱暴に発動すると、囚われた妖精を傷つけてしまう。

 慎重に、威力を極力抑えめに。


 ひゅ!


 加減して魔法を発動すれば、俺の口から軽く息が漏れる。


 ぱきいん!


 遠当ての魔法が威力を発揮。

 軽い音を立て、鉄製の檻は粉々になった。

 

 しかし妖精は解放されても立てなかった。

 力なく横たわっている。

 大量の魔力を失い、ぐったりしているのだ。


 あの悪魔め!

 やっぱり「たかが妖精なんて死んでも構わない」と、

 使い捨てにするつもりだったな!

 本当に酷い奴だ!

 

 いや、待てよ。

 あいつが人間に化けて罪を犯す事で、

 妖精対人間という、抗争の種を蒔くつもりだった可能性もある。

 それも大いなる主の思惑って事か?

 

 再びメフィストフェレスの顔を思い浮かべ、俺はそう思った。


 いやいや!

 ゆっくり考えている暇はない。

 妖精の命を助ける方が先だ。


 俺は同時に転移魔法も発動する。

 

 瞬間!

 囚われていた妖精は、煙のように消え失せた。

 残ったのは崩壊した檻だけ……

 様子を見ていた観客は『マジックの続き』だと思ったらしく、歓声が上がった。


 さあて、そろそろ店じまい。

 撤収だ。


 敢えてここまで言わなかったが……

 タバサは指示通り俺から離れなかった。

 俺の服の端を「ぎゅっ」としっかり掴んでいた。


 以前エモシオンへ子供達と旅をした時、魔物との戦いには遭遇したが……

 今回は相手も違うし、状況も全く違う。


 無理もない。

 切った張った こそなかったものの……

 俺と悪魔の念話を通じて、戦いを目の当たりにして、

 悪には容赦ない俺の非情さ、戦いの凄まじさを初めて知ったのだから。


「タバサ、引き上げるぞ」


「…………」


 呼び掛けたが、反応がなかった。

 緊張したタバサは、身体が完全に固まっている。


 仕方がない。

 じゃあ……


「きゃ!」


 タバサが突然小さな悲鳴を上げた。

 何故なら、俺が急に抱っこしたから。


「パパぁ……」


 タバサは頬をあからめている。

 突然の抱っこに戸惑っている。


 俺は再びタバサへ告げる。


「タバサ、引き上げだ。ホテルへ戻るぞ」


 そう言うと、タバサはようやく、


「りょ、了解! パパ」


 少し噛みながらも、はっきりした声で返事を戻してくれたのだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 それから……

 俺とタバサはホテルセントヘレナへ戻った。


 あまり長期間宿泊するつもりではなかったが、所詮予定は未定。

 こんなアクシデントも起こったから、もう少しだけキングスレー商会の好意に甘えよう。


 部屋に戻って片付けを終えたら、早速妖精の治療にあたる。

 先ほど転移魔法を使った際、妖精には少々魔力を補填しておいた。 

 とりあえず魔力不足は解消されたはずだ。


 空間魔法の亜空間から出され、そっとベッドに寝かされた妖精はまだ気を失っている……


「可愛そうに……」


 タバサが、またも涙ぐんでいる。

 このところ、色々な刺激があって少々涙腺が弱くなっているのかもしれない。


 さて、本格的に治療を始めるか。

 そもそも俺は治癒士ではない。

 だが、クッカに基本だけは教わっている。


 ちなみに俺の治癒回復魔法は治癒、回復、全快、慈悲、奇跡と5種類ある。

 このような時はいきなり全快とかではなく、治癒と回復を交互にゆっくりかけてやるのがベストだとクッカはいう。

 更に妖精が失った魔力の補填も少しずつこまめに行う。


 丹念に魔法発動を繰り返していたら……

 やがて、妖精の小さな頬へ僅かに紅が差した。


 起きて、いきなり人間の俺達を見て驚くと身体に悪い……

 そう思って鎮静の魔法も発動しておく。


 そんな俺の各種回復魔法発動を見て、タバサが感嘆する。


「パパ、凄いよ! ママよりもずっと凄い!」


 その声が聞こえたのか、

 眠っている妖精の小さな瞼が「ぴくぴく」可愛く動いている。


 俺はタバサを見て、唇に人差し指をあてる。


「し~っ。静かにタバサ」


「パパ……」


「タバサ、パパを褒めてくれるのは嬉しいぞ」


 そう告げた上で、俺は愛娘を優しく諭す。


「初めて見るから仕方ないかもしれないが……俺がどんな魔法を使っても、大きな声を出さないようにしてくれないか。妖精さんが驚くからな」


「は、はい……パパ」


 タバサは口ごもりながらも、素直に頷いた。

 うん、この子は本当にいい子だ。


 やがて……

 俺とタバサのふたりが静かに見守る中……

 小さな妖精は、ようやく目を覚ましたのであった。

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