第16話 「助けを求める声」

 王立美術館はタバサが想像した通り、素晴らしい場所だったらしい。

 俺は審美眼がないから、単に見ていただけであったが、タバサは全く違う。

 遠近左右は勿論、いろいろな角度から睨むように掲出されている絵画や彫刻等を見つめていた。

 まるで達人レベルの芸術家マエストロのように……


 だから時刻はまたも夕方。

 俺は敢えて急かしたりはしなかったから……

 閉館時間まで、タバサはたっぷりと様々な芸術品を堪能したのだ。


 王立博物館では展示物を模したカードを、

 そして同美術館でも同じく複製画のカードをタバサが欲したので、旅の良き記念だと買ってあげた。


 見学を終えたタバサの様子はと見やれば……

 美術館からは、先に見学した博物館とは全く違ったたかぶりを貰ったらしい。


「パパ、凄かった! 感動した! 色々な絵がいっぱいあるんだねっ!」


 興奮気味に話すタバサを俺は微笑ましく見つめる。


「おお、良かったな、タバサ」


「うん! タバサは思うよ。クラリスママの描く絵は世界で一番凄いって」


「だな! パパもそう思う」


「でもね、パパ。今日、美術館でいろいろな絵を見て改めて思った」


 おお、何か凄い話が聞けそうだ。

 俺は小さく頷き、タバサに話の続きを促す。


「ほう、改めてどう思ったんだ?」


「タバサね、クラリスママの絵が一番好きなのは変わらない。けど……世界は広いなって!」


「むう、世界は広いか……」


 と、俺が感心して呟いたその時。


『助けてぇ! 助けて~!』


 と聞き慣れぬ若い女の子の悲鳴が聞こえて来た。

 女性というよりは、少女の声に近いといって良いだろう。


 でも、これは!

 魂と魂の会話、心で話し合う『念話』だ。


 一体どこの誰が念話を?

 そして、何をどうしたというのだろう?


 でも、はっきりしている。

 愚図愚図などしてはいられない。


 本能的に分かる。

 悲鳴のぬしが生命の危機に瀕していると。

 助けを求める声の主の所在をすぐに突き止め、急ぎ助けなければならない。


「パ、パパっ! こ、この声っ!?」


 と、すかさずタバサが俺を呼ぶ。

 タバサらしくもない。

 大慌てで噛んだ上、目を丸くして驚いている。

 

 俺は助けを求める声の発信場所を探ると同時に、もしやと思った。


 タバサにも念話が……

 助けを求める女子の心の叫びが聞こえたのだ。

 危機的状況を知る事が出来たのだ。


 間違いない。

 確信出来る。

 タバサには魔法を使う力が……

 それも高レベルの力がある。


 そういえば……

 村において魔法指導を担当するクッカとクーガーも言っていた。

 殆どが眠ったままだが、タバサには間違いなく魔法の才能がある。

 それも素晴らしい才能だと。


 特に強調していたのが母親のクッカだった。

 それ故、俺とクッカは顔を見合わせ、親バカだと苦笑いしていたっけ。


 でも……

 タバサの持つ魔法使いの才能は、単なる親バカレベルではなかったのだ。


 俺は、つらつら考えながら……

 必死に声の出元を探っていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 数分間かかったが……

 俺は何とか助けを求めた相手の所在が分かった。


 彼女が居るのは……

 中央広場。


 それも何か布で囲ってある場所。

 更に何か特別な魔法がかけれらた……

 鉄製の小さな檻の中……

 

 成る程、

 邪悪な魔法を使われ、囚われの身となっているのか。


 ここで一瞬迷う。

 傍らに居るタバサをどうするのかと。

 どんな奴が絡んでいるか、全く分からないから。

 

 単なる人間ならまだしも……

 先のイエーラ行きで遭遇した、上級悪魔メフィストフェレスみたいな相手だと本当にヤバイ。

 タバサには悪いが、確実に足手まといとなる。


「さくっ」と転移魔法でホテルへふたりで移動し、

 タバサのみ魔法錠をかけたスイートルームで留守番させる事も考えたが……

 すぐに諦めた。


 何故なら……


「パパ、私も一緒に行くっ!」


「タバサ……」


「助けを求めているのよ! パパと一緒に助けるの! 絶対に助けるのっ!」


 と、真剣な眼差しで俺を見つめ、強硬に主張したからだ。


 なので、俺はこうも考えた。

 真っすぐな正義感から、血気にはやるタバサを、たったひとりにするのも却って危ないと。


「よし! 分かった、一緒に行こう」


「パパ、ありがとう!」


 嬉しそうに礼を言うタバサだが……

 俺はひとつ釘を刺す。


「その代わり無茶はするな。助け出すのはパパに任せて、タバサはそばを絶対に離れるんじゃないぞ」


「……分かった」


 少々不満顔であったが、タバサは聡明な女の子。

 現時点では敵と戦うすべを持たない自分の立ち位置を、改めて認識したに違いない。


 すぐ笑顔になり、大きく頷いた。


「よし話は決まった、急ごう!」


「はい!」


 というわけで、俺とタバサは中央広場へ向かった。


 相も変わらず中央広場は大混雑している。

 あまり派手な行動も出来ないので、速足で歩く。


 やがて……

 真っ白な布製の天幕というか、大きなテントが見えて来た。

 昔の寓話で、見世物小屋に使われるような大型テントだ。


 使い込んだ革鎧を着た、うさんくさい冒険者風の中年男がひとり立ち……

 大声で、がなっている。


「さあさあ、珍しい妖精の女の子だよぉ! 妖精なんて一生に一度お目にかかれるかどうかだよぉ、見物しないと損するよう~」


 呼び込む男の声に誘われ……

 大勢の老若男女、王都市民がテント内へ入って行く。


 成る程!

 話が見えて来た。


 どこぞの不埒ふらちやからが妖精の女の子を捕え、見世物にし、王都市民から金を取っているのか。


 暫く会ってはいないし、タバサは知る由もないが……

 俺は妖精王オベロン、同女王ティターニア夫妻によしみを通じている仲でもある。


 再び顔を見合わせた俺とタバサは、囚われた妖精を必ず助けようと決意したのであった。

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