第15話 「王都散策②」

 翌日……

 引き続き、ホテルセントヘレナに宿泊した俺達は、再び王都散策に出かけた。


 昨日、タバサは商業ギルドのイベントに夢中になってしまった。

 午後いっぱい見学したので、時間が夕方遅くにまでなってしまった。

 なので、俺達はホテルへ引き上げたのだ。


 今日はその仕切り直し。

 最初に立てた予定通り……

 タバサが熱く希望していた王立博物館、同美術館へ出かける。


「博物館に美術館って、以前パパとクラリスママが旅行した時に来たんだよね?」


「ああ、来たぞ」


「レベッカママと同じで、クラリスママも凄く喜んだでしょ?」


「ああ、凄く喜んだぞ」


「あはは、タバサの目にもはっきり浮かぶよ。クラリスママ、いつも話しているから」


「クラリスがいつも?」


「うん! パパと王都を旅した事は、一生忘れられない。とっても素敵な想い出だって嬉しそうに話してるよ」


「そ、そうか……」


 タバサ同様、俺にだって目に浮かぶ。

 クラリスが彼女の十八番おはこ、超たれ目の『癒し笑顔』で楽しそうに話している姿が。


 と、その時。

 タバサが「ぐいっ」と、つないでいる俺の手を引っ張った。


「タバサだって! クラリスママと同じ。パパとの旅行は……一生忘れない」


 ああ、タバサの言葉がズシンと来た。

 優しい思い遣りが俺の心を鷲掴わしづかみにしてくれた。

 思わず胸がいっぱいになる。


「あ、ありがとう。俺も一生忘れないぞ」


「うふふ、パパ。想い出いっぱい作ろうね」


「了解!」


 ああ、心が弾む。

 改めて感動する。

 愛娘とふたりきりの旅行だなんて。


 まさかこんな幸せな時が来るとは、思いもよらなかった。

 前世の俺には彼女さえ居らず、ひとり寂しくクリスマスを過ごしていた。

 それが今や……

 この幸せはまさに夢。


 そこで「きゅっ」と頬をつねってみた。


 ……痛い。


 これは夢ではない。

 れっきとした現実なのだ。


 ……気が付けば、目の前に独特なデザインの建築物が……

 王立博物館の威容が迫って来る。


「パパ、これが博物館?」


「ああ、そうだよ」


「わぁ! パパ早く! 早く入ろう!」


 タバサは嬉しそうに叫ぶと、再び俺の手を強く引っ張ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 タバサ同様に、博物館は俺も大好きだ。

 子供の頃からとても好きだった。


 だから、タバサが目を輝かせて様々な展示物を見ているのを眺めていれば……

 幼き子供の頃の記憶が甦る。


 俺が5歳の時。

 青天の霹靂ともいえる両親の離婚。

 突然起こったクミカとの別れ……


 吃驚した。

 同時に傷ついた。

 俺の前では仲の良さを演じていた両親であったが……

 父の『裏切り』で幸せは壊れてしまった。


 母と共に都会へ引っ越した俺にとって……

 新しい住処すみか、都会は重くて暗く息苦しい場所だった。

 明日が見えない場所だった。

 暫くは友達も作らなかった。


 いつもひとりきりでいた。

 孤独だった。

 愛するクミカを失い、大好きな母と別れた原因を作った父を憎み、心が壊れかけていた……


 母は生活の為、すぐ働きに出た。

 なので、ふさぎがちな俺を気にかけてくれたのが母の両親……

 特に祖父であった。


 祖父は釣りが好きでよく俺を釣り堀へ連れて行ってくれた。


 そして他に気晴らしにと、博物館へも連れて行ってくれた。

 故郷にはなかった大きな博物館は魅力的な場所だった。

 見るもの聞くものが未知だった。


 遥か過去に、自分の知らない世界がある。

 と思えば、胸が躍りわくわくしたものだった。


 見やれば……

 タバサもあの頃の俺と一緒だと感じる。


 目を輝かせ、あれは? これは? と聞いて来る。

 まるで祖父を質問攻めにした自分と一緒なのだ。

 やっぱり俺似のパパッ子だと確信する。


 昨日同様じっくりと展示物を見て回る。

 気が付けばもうお昼……


 今度は博物館内にあるレストランで食事を摂る。

 一風変わった料理が多いので、聞いてみれば……

 只今特別企画実施期間中との事。

 ヴァレンタイン王国建国当時の料理を再現したものが多いらしい。

 好き嫌いの全くない父娘は、当然ながらオーダーした料理を完食した。


 さてさて、タバサの体力は大丈夫かな?

 気になって、お茶を飲みながら尋ねてみれば、


「全然、平気! パパ、次は美術館ね!」


 と、元気におねだりして来た。

 俺はOKして、ふたりでレストランを出て王立美術館へ向かった。


 以前来た時に認識していたが……

 博物館と美術館はそんなに離れてはいない。


 否、むしろ近いと言って良い。

 徒歩で5分くらいしか離れていない。


 腹も満たして、元気いっぱいな俺とタバサは意気揚々と王都の街中を歩いて行く。


「パパ、タバサは絵もいっぱいいっぱい描きたい」


「はは、そうか?」


「うん! レイモン様にお会いして凄くそう思ったの」


「そうか!」


「タバサはね、クラリスママの言っていた意味が分かったわ」


「クラリスが?」


「うんっ! ボヌール村やエモシオンだけじゃない。遥か遠く離れた場所でも私の絵を楽しんでくれる人が居るって、描くのを待っている人が居るんだって」


「ああ、その通りだ」


「絵を見ていたレイモン様……の気持ちもタバサには分かる。分かるのっ!」


 感情が高ぶったのか、いきなりタバサが叫んだ。


「あの方は遠く悲しい目をしていたよ。とても辛い気持ちを無理やり押さえて、頑張ってる。一生懸命に頑張っているんだよ」


「ああ、そうだ、その通りだ」


「パパと一緒! 一緒だよ! ふたりとも凄く素敵だよ!」


 叫ぶタバサを見てハッとした。

 気が付けば、タバサの目にはまたも涙がいっぱいたまっていた。


「タバサ!」


 往来だから、多くの人達が俺とタバサを見たり、振り向いていた。

 でも全然気にはならない。


 ひし! と抱き着いて来たタバサを……

 俺はしっかり受け止めると、そっと優しく抱いていたのだった。

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